Features 4 分 2022年4月14日

星付きレストラン スペシャリテの誘惑

そこでしか味わうことのできない、シェフの特別な料理。偶然か、必然か、誕生の瞬間を振り返る。

レストランによっては、「スペシャリテ」と言いたくない、そのようなものはありません、私の作りたい料理がたまたま名物料理になっただけ、常連客がいつも求めるので用意しています、など様々な考えがあると思います。


今回の題目は「スペシャリテ」ですが、紹介する料理はシェフを象徴する一皿ともいえ、その味を求め通う客も多い。そのスペシャリテが、どのように誕生したのか?シェフの想いやインスピレーションは?あなたは、そのエピソードを知りたくありませんか?
知ることにより、情感があふれ、作り手と食べ手が結び付き、新たな情景が生まれるかも知れません。一本の映画を観て暗い映画館から出た時、世界が変わっていた。レストランを後にする時も、そのような体験をするかもしれません。


「ミシュランガイド東京」のセレクションから、数軒のフレンチレストランをピックアップ。スペシャリテにまつわる秘話をお届けします。



ナベノ-イズム/Nabeno-Ism 

ジョエル・ロブションのシェフに就任した2004年に創作した渡辺雄一郎氏の思い出深い一品。当時、ジョエル・ロブションが築いた魚料理の歴史に鱗付きの魚料理は存在しない。甘鯛の鱗焼と柚子のナージュソースは日本人シェフとして日本食材の持ち味を集結させた新たな試みだった。

甘鯛は日本料理の若狭焼にし、冬の百合根で季節を添える。ナージュソースはフランス料理の技法で柚子の香りと酸味、甘鯛の旨みを引き出し、和素材の素晴らしさを表現。日仏を融合させた一皿は好評を得て他国の店でもメニューに採用された。

フランス料理を発展させてきた師匠ジョエル・ロブションと渡辺シェフの絆を物語るスペシャリテは、2人のシグネチャーディッシュともいえる。

「山口県産萩直送釣り甘鯛鱗付きで香ばしく焼き、百合根と高知県産100年枯木ゆずのナージュソースに浮かべて」日本ならではの食材を集結させ、フランス料理のエスプリと融合させた渡辺シェフ入魂のスペシャリテ。Ⓒナベノ-イズム
「山口県産萩直送釣り甘鯛鱗付きで香ばしく焼き、百合根と高知県産100年枯木ゆずのナージュソースに浮かべて」日本ならではの食材を集結させ、フランス料理のエスプリと融合させた渡辺シェフ入魂のスペシャリテ。Ⓒナベノ-イズム

ノル/nôl 

幼少期の記憶から創案したスペシャリテ。きっかけは、父の畑で食べた野菜たち。無農薬の畑が育む、野菜の生き生きとした力強さに衝撃を受けた。そこでふと思い出したのが、祖母と過ごした日々。子供のころ、夏休みの朝に祖母と共に畑で収穫した野菜を漬け、その晩の食卓に並ぶぬか漬けが何よりの楽しみだった。そんな幼いころの記憶から、畑の豊かさを表現したいと考えた。

テーマは“畑を食べる”。人と自然が寄り添う、新たな「おいしさの価値」を見出し、未来に伝えたいという思いも込めている。野田シェフは、自身の向上を図る一品として、毎年形を変えながら試行錯誤。お腹を満たす食事だけでなく、気持ちも豊かにする「心も満たす食事」を目指している。

「産土(うぶすな)」 茄子はイチジクの葉で包み、香りをうつしながらロースト。ぬか漬けにした野菜はタルタルにしてサルサ仕立てに。イチジクの実も添え、果実とぬか漬けの風味が相乗効果を生む。Ⓒノル
「産土(うぶすな)」 茄子はイチジクの葉で包み、香りをうつしながらロースト。ぬか漬けにした野菜はタルタルにしてサルサ仕立てに。イチジクの実も添え、果実とぬか漬けの風味が相乗効果を生む。Ⓒノル

セザン/SÉZANNE 

鍋に漬かる一羽の軍鶏のプレゼンテーション。「Drunk chicken」、言わば「酔っぱらい鶏」を意味する。

ダニエル・カルバート氏が中国の伝統料理をフレンチに融合させたのは、5年間香港で過ごした経験から。ロンドン、ニューヨーク、パリ、香港と世界的な美食都市を渡り歩いてきた。いかに広い視野を持ち、各国を見て回ることが大切かを物語る。

「有明山農場美膳軍鶏のポシェ」は、長野県産軍鶏を丸ごと煮た後、野菜とジロール茸と共にヴァンジョーヌと呼ばれる黄ワインに一週間漬け込む。メインディッシュの代表格としながらも「スペシャリテ」「シグネチャーディッシュ」と位置付けていない。それはレストラン側が誇示するものでなく、「お客様がスペシャリテと感じてくださるのなら」という謙虚な思想に基づく。

「有明山農場美膳軍鶏のポシェ ヴァン・ジョーヌ 杏茸」は鶏ガラの古典ソースを合わす。軍鶏とソースの調和もさることながら、優れた美的感覚が盛り付けに表れる。Ⓒセザン
「有明山農場美膳軍鶏のポシェ ヴァン・ジョーヌ 杏茸」は鶏ガラの古典ソースを合わす。軍鶏とソースの調和もさることながら、優れた美的感覚が盛り付けに表れる。Ⓒセザン

アビス/abysse

初春を代表する一品。サヨリは、寒い時期に旬を迎える日本特有の魚。目黒浩太郎シェフは美しい形や色味、繊細な身質、強い旨みに魅せられた。料理を考える上で意識することは「味の凝縮」と「味の積み重ね」。サヨリに組み合わせたのは、日本茶の玉露。上品な旨みを持つ素材同士を合わせ味と香り相乗させる。盛り付けには、サヨリの青みに合わせて青い器を選ぶ。食材の持つ色を生かし料理を組み立て、素材を表現するためだ。

シェフが目指すのは、これまで学んだフランス料理の技術による独自の表現。「abysse」から日本が誇る素晴らしい魚介を、世界に発信している。

「細魚 玉露」サヨリは旨みを引き出すため昆布締めに。添えるのは薬味代わりの浅葱とからし菜。仕上げにかける玉露オイルが、風味の相乗効果をもたらす。 Ⓒアビス
「細魚 玉露」サヨリは旨みを引き出すため昆布締めに。添えるのは薬味代わりの浅葱とからし菜。仕上げにかける玉露オイルが、風味の相乗効果をもたらす。 Ⓒアビス

アルシミスト/Alchimiste

海のものと山のものを似たテクスチャーに施し、組み合わせるといった試行錯誤の中で生まれた。山本健一シェフが目指すのはフレンチならではの「tiède(ティエド)」の料理。 ティエドというフランス語は「生温かい、ぬるい」を意味し、素材の味がしっかり分かる温度のこと。

雲丹は45℃、菊芋のエスプーマは75℃に温めるなど緻密に計算している。菊芋をエスプーマにしたのは、豊かな風味を保ちつつ軽やかさを出すため。菊芋特有の土臭さに合わせ、重層感が出るよう燻製した。カカオとピーナッツのクランブル、パセリのパン粉、菊芋の皮のチップスが食感の変化を生む。

金属ではないものを黄金に変える「錬金術師」の如く料理と向き合う。

「雲丹×菊芋」は、雲丹と菊芋の燻製エスプーマを合わせた前菜。シルヴィー・コケによる雲丹の殻の器が高貴な雰囲気を醸す。Ⓒアルシミスト
「雲丹×菊芋」は、雲丹と菊芋の燻製エスプーマを合わせた前菜。シルヴィー・コケによる雲丹の殻の器が高貴な雰囲気を醸す。Ⓒアルシミスト

リューズ/Ryuzu

椎茸のタルトの誕生は生ハムの切れ端がきっかけ。飯塚隆太氏がラトリエ ドゥ ジョエル・ロブションの料理長に就任した2005年9月の出来事。客前でスライスする生ハムの肉片が冷蔵庫に山ほどストックされていた。そのため端材を使った料理を考案したのである。

着想は1993年にフランスのラギヨールにあるミッシェル・ブラスで食べたセップ茸のタルト。しかし、輸入の茸ではクオリティが安定せず、日本の椎茸で試作する。その折に出身地である新潟産の肉厚な椎茸と巡り合いレシピは完成した。

独立後は過去の料理を作らないと決めていたがゲストの要望により復活。食材を尊ぶ料理人の使命から生まれたスペシャリテは、時代にとらわれず食べ手に印象を残す。

「新潟魚沼八色椎茸のタルト仕立て、ラルドのヴェールで覆って」飯塚シェフのルーツがうかがえる一皿は、食べ手と料理人の思い出が交差する、忘れられないスペシャリテ。Ⓒリューズ
「新潟魚沼八色椎茸のタルト仕立て、ラルドのヴェールで覆って」飯塚シェフのルーツがうかがえる一皿は、食べ手と料理人の思い出が交差する、忘れられないスペシャリテ。Ⓒリューズ

ラルジャン/L'ARGENT

加藤順一氏のルーツから誕生したシグネチャーディッシュ。幼少期からシェフになるまでの軌跡をたどることができる。

シェフはお茶の産地、静岡県掛川市で生まれ育った。実家はお茶畑を営んでおり、子供のころからお茶と慣れ親しんでいた。新芽を摘む畑の仕事を手伝った思い出もある。大人になり、日本とフランスで料理を学び、デンマークではクリエイティビティを磨いた。原点を振り返り、お茶を使い、自身のオリジナリティを表現する料理を模索する。

2020年、ラルジャンのシェフに就任し、「掛川茶フォワグラ」を考案した。幼いころの思い出「お茶」と、フランス料理の代表食材「フォワグラ」、ハーブを多用し、モダンに表現する「ニューノルディック」のスタイルが融合している。

「掛川茶フォワグラ」 フランス産のフォワグラと、掛川市の実家から届く新茶を合わせた料理。フォワグラはチキンブイヨンで煮ることで、余分な脂を落とす。お茶の爽やかな苦みが、フォワグラの甘みを引き立てる。Ⓒラルジャン
「掛川茶フォワグラ」 フランス産のフォワグラと、掛川市の実家から届く新茶を合わせた料理。フォワグラはチキンブイヨンで煮ることで、余分な脂を落とす。お茶の爽やかな苦みが、フォワグラの甘みを引き立てる。Ⓒラルジャン

エスト/est 

日本の食材を主役にした「豆腐チーズ シトラス」。ギヨーム・ブラカヴァル氏は日本の豆腐をチーズに見立て、革新的なフランス料理に生まれ変わらせた。

豆腐は豆乳とにがりを用いて自ら仕込む。豆腐チーズは二層に施し、下段は滑らかな豆腐、上段はエスプーマにして食感の変化を出す。レモン、蜂蜜、オリーブオイルの軽やかなソースが豆腐料理に香りを与える。

サステナビリティのメッセージもこもる。大豆は植物性のため地球環境への負担が軽く、フードマイレージを抑える観点から国産にした。野菜や果物の多くはミツバチが花粉を運ぶことで実る。ミツバチの減少は自然林や養蜂家の減少に繋がると考え、蜂蜜を積極的に使うことで養蜂家を支えている。

料理とデザートの間に供する「豆腐チーズ シトラス」。バゲットにチーズをのせて食すイメージで創り上げた。 Ⓒエスト
料理とデザートの間に供する「豆腐チーズ シトラス」。バゲットにチーズをのせて食すイメージで創り上げた。 Ⓒエスト

サンプリシテ/Simplicité

相原薫氏がフレンチ修業を始めたのが湘南のレストラン。フランス時代はブルターニュと海に縁があることから、自らのレストランは魚をテーマにした。

「栄螺 エスカルゴのように」は、修業先の葉山の魚介料理にオマージュを込めた一品。このスペシャリテが生まれたきっかけは、料理人として駆け出しの頃、ハマグリの殻焼きやサザエの壷焼きを任され興奮したのを思い出したから。そこではサザエにエスカルゴバターを詰めシンプルに焼いていたが、現代感覚で再構築。ブイヤベースのスープに絡めた古代米を殻の奥に忍ばせ、やわらかく煮たサザエは肝とトマトとエスカルゴバターで和えて詰める。仕上げにサザエのエキスを泡に施し盛り付けるなど、旨味を余すことなく集約した。

「栄螺 エスカルゴのように」は夏のスペシャリテ。パステルブルーの皿に盛り付けたサザエの姿が浜辺の情景を思い起こさせる。 Ⓒサンプリシテ
「栄螺 エスカルゴのように」は夏のスペシャリテ。パステルブルーの皿に盛り付けたサザエの姿が浜辺の情景を思い起こさせる。 Ⓒサンプリシテ

以上、魅力あふれるスペシャリテの数々をお届けしました。
フーディーの皆さん、次の予約は決まりましたか?


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