観光客でにぎわう京都二年坂から脇道に入る。
その奥にひっそりと佇むのが数寄屋造りの料亭「高台寺 十牛庵」。
料理長の高増伸哉さんはこの空間で、料理を通して季節と人を結ぶ仕事に日々取り組んでいる。

長崎平戸の海辺で育ち、素潜りをして、夕飯どきにはごはんの香りにときめいていた少年は、やがて和食の世界へ。
自然の気配を肌で感じること。季節に寄り添って生きること。
それは彼にとって単に仕事のための感覚ではなく、もっと根源的な、自分自身の在り方に近い。
今回は、そんな高増さんが大切にしている京都のスポットを教えてもらった。
ご自身の感覚を磨くための場所はどこですか?
昔からよく歩く東山の稜線です。銀閣寺の横から大文字山を登り、将軍塚(将軍塚青龍殿)の方まで下るコースがありまして、京都の街を右手に見ながら歩ける。程よい高さと距離感です。
仕事とは関係なく、自然に体が向くんです。感覚がそっちを欲してる。山を歩いていると、季節の移ろいや空気の匂いをまっすぐ感じ取れる気がして、何度でも行きたくなります。

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他にはどんなところへ行かれますか?
鴨川ですね。仕事を終えて夜遅く、十牛庵から北へ向かい、御池通や二条通を越えた辺りにある飛び石まで行くことがあります。
川の中に立ち、そこから一度、川上と川下を見渡す。川下である南には街の光が川面に映っています。
暖かい季節なら足を水に浸し、ただ時間に身を置いてみる。音楽を聴いたり、色々なことを考えたり。自然のそばにいると、感覚が整う気がします。

自然を求めて街を離れることはありますか?
休みの日に景色の良い場所や舞鶴など、丹後の海まで素潜りに行くことがあります。車で3時間くらいかかりますが行きたくなります。
高校生まで長崎の平戸で育ちました。周りがゲームに夢中だった時代、僕は一人で海に出かけていました。
夏も冬も関係なく海が好きで。今も海に入ると、自然と感覚が戻ってくる気がします。

季節を映す食の表現に、共鳴することはありますか?
はい、和菓子はまさにそうです。中でも御菓子司 塩芳軒さんは一番好きなお店。羽二重のお菓子が特に印象的です。
味はもちろんですけど、季節の情景の表し方とか佇まいとか、職人さんの姿勢が伝わり、すごく惹かれます。

ご自身の専門の日本食以外では、どんなところに行きますか?
「メッシタ パーネ エ ヴィーノ/Mescita Pane e Vino」です。滋賀県にある精肉店から仕入れた熟成肉を使っていて、素材への向き合い方に共感しています。
十牛庵でも同じ精肉店から仕入れていますが、こちらのお店の生産者との向き合い方に共感しますし、料理から学ぶことがあります。

飲食店以外で訪れる場所は?
古美術ながたさんは、料理人として駆け出しの頃から通っている器屋さん。寺町二条にある骨董店で、初めて器を買ったのもこちらでした。
器について教えてくださるだけでなく、京都の暮らし方や考え方についても話すようになり。
お茶の心得もある方なので、話していると自然と背筋が伸びるというか、京都で生きる上での大切なことを教わっています。
それから銀閣寺の近くにあるNunuk life(ヌヌカライフ)というギャラリーにも足を運びます。もともと友禅染の職人だった方のお店で、展示されている作品も空間も調和しているような空気感。
ここで初めて知った作家さんもいて、自分にとって出会いの場所でもあります。落ち着いた店内が心地いい。


金継ぎを学ばれていると伺いましたが、どちらで?
好日居というお店で習っています。もともとは中国茶を供されていて、調度品や空間の雰囲気が素敵なんです。凛とした趣があり、説明しすぎない距離感も自分にはあっていて心地よい。
京都で、昔から親しみのある場所はありますか?
若い頃、吉田山の近くに住んでいて、よくその近隣を歩いていました。
そのとき見つけたのが山陰神社で、料理の神様が祀られていると知り惹かれました。
それ以来、通るたびに手を合わせるようになり、今もそうしています。
当時は辛い修業時代でしたが、ここに立ち寄ると気持ちが落ち着き、頑張ろうと思えたのを覚えています。
最後に心の中で「成功しますように」と、欲張ってみたりして(笑)。
季節の気配に耳を澄ませ、自然の流れに寄り添う。和食の技と感覚を重ね料理を構成してゆく。高増伸哉さんにとって京都という街は、そんな“感覚の軸”を支えてくれる場所。
ふらりと山道を歩き、川のそばに立ち、器に触れ、かつて修業時代に神社で願いを込めたこともあった。そうして過ごしてきた年月が、今の料理に込められている。
取材を通して感じたのは、わんぱくな少年時代を過ごした高増さんが、今も一貫して自然を愛しているということ。野山の草木、水辺の光、海中に身を委ね、季節の移ろいを肌で感じ取る。「高台寺 十牛庵」という舞台で日本料理を通して喜びと感動を届ける。「ミシュランガイド京都・大阪2025」で二つ星となった「高台寺 十牛庵」。どんなに忙しくても、自分の感覚と向き合う時間を大切にする高増さんの姿勢に、料理人としての強さと、人としての温かさを感じた。
Hero Image: Portrait of Shinya Takamasu. ©Colin Wee/The MICHELIN Guide