2025年の幕開けと共に開業した「セン/SÉN」。オープンして間もなく一つ星を獲得し、更にミシュラングリーンスターにも輝いた。ロンドンで生まれた砂山利治は、育った日本でキャリアをスタートさせ、後にフランスへ渡った。北部の「La Grenouillère(ラ・グルヌイエール)」、南東部の「Flocons de Sel(フロコン・ド・セル)」といった星付きレストランで経験を積み帰国。金沢のレストランでシェフを担った後、奈良県天川村に移住した。その地は妻の実家が営む旅館であり、開業までの2年間は、土地の歴史、文化、風土を知るために時間を費やし構想を練ったという。ミシュランのインスペクターが匿名で訪れた体験を話したい。

到着
天川村は奈良県吉野郡の紀伊半島中部に位置。奈良市内からは車で2時間程かかる。修験道の聖地として知られる大峯山をはじめ雄大な山々に囲まれたロケーション。レストランに到着すると、モダンな銅板の扉と山積みされた薪が印象的だった。シェフの妻が笑顔で迎えてくれ、天ノ川に臨む縁側に案内してくれた。先ずは、黒文字のお茶と天川村の郷土料理「いもぼた」のおもてなし。川のせせらぎを聞きながらのひとときに心が和む。
ダイニングは旅館の大広間を改装。和の空間にテーブルが並び、オープンキッチンにシェフの姿が見える。金沢で働いている時に知り合った作家の器が多く、人との縁を大切に自らの料理を表現する。

チーム
キッチンはシェフと天川村出身の料理人、接客はマダムと金沢からご縁がある女性が担う。人の縁や結びつきというのも自然なもので、偶然ではなくお互いの感謝の気持ちが含まれるものです。そして、この小さな村へお客様が訪れるのも縁であります。チームはレシピの意図や食材への想いを説明。村での体験やエピソードも交えながら地域の魅力を伝えてくれる。
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料理
シェフが名付けたテーマ は“流域料理”。天川村から海へと繋がる熊野川流域の食材に目を向け、この土地でしか表現できない料理を探求する。近隣農家の野菜、自然な山野草で四季を表現。川魚のアマゴや鮎、猟師から届く鹿や猪といった山川の恵みが主役。林業が盛んな地域と知り、熱源に薪火を取り入れた。薪は間伐材を消費することで林業を持続させる。培ってきたフレンチの技法や独自の要素を交えながら唯一無二の料理を生み出す。コースを通して土地の歴史と文化に触れさせてくれる。試した料理
おまかせコースのメニューには素材のみ表記。調理法は明かさず、どんな料理なのか想像を掻き立てる。少量多皿に供された中から、いくつかを紹介したい。牡丹汁
冬にこの地域で食べられる牡丹鍋に着想。猪だしのスープには、猪の脂、牛蒡や人参といった根菜、隣村で育ったなめこが入る。旨みと香り豊かな味わいはコンソメのよう。黒漆地に朱色の絵付けがされた吉野椀も吉野郡ならでは。
瀞峡(どろきょう)モクズガニ
瀞峡は、隣の十津川村と三重県、和歌山県にまたがる北山川の渓谷。ここから仕入れたモクズガニは、ビスクというフランス料理の手法でソースに仕立て、近隣で採れた銀杏のニョッキに合わせる。
続いて蒸したてのパンが供された。天川村で育った杉の葉と蒸すため、ほのかに杉が香る。

雨の魚
「雨魚」と書いてアマゴと読む。雨の多い梅雨によく釣れることからその名が付いたとされる。天川村では春に漁が解禁。アマゴは三枚におろし、黒文字の枝に巻き付け焼いている。黒にんにくや「きはだ」という薬用樹のピュレを表面にまとわせ味を足す。串焼のように食せば、黒文字の香りまで楽しめる。頭と骨は香ばしく揚げ、サラダ仕立てに。食材を使い切り、天川村に自生する黒文字は自然と文化に深く根ざした植物。自然の恵みへの敬意が伝わってくる。
たけのこ芋
天川村では、たけのこ芋の名で親しまれる里芋の一種。カルダモンと煮込み、更に揚げてから黒糖でキャラメリゼする。横にはみかんのチャツネ。ガラス鉢の中はカカオ風味のジュレと八朔の果肉。黒糖やカカオのほろ苦さと柑橘の酸味が調和する。
サステナビリティ
ミシュラングリーンスターの理想形。砂山シェフは、天川村や周辺の自然に配慮しながら様々な取り組みを実践している。 薪は間伐材を利用することで森の活性化を促す。農家や猟師と連携し、山や川の生態系と共存。川から海への影響を考え、次世代の子供達のためにも、自然を増やす活動をと意気込む。
訪問
「天河大辨財天社(てんかわだいべんざいてんしゃ)」は、水、弁舌、才智、音楽、芸術、芸能の大神を祀る神社。吉野と熊野を結ぶ修験道の要所でもあったことから、弘法大師空海の参籠も伝えられています。能楽との深い関わりがあり、芸能の神様としての信仰が篤く、多くの著名な音楽家も訪れる魅力的な場所です。せっかくの機会ですので、ぜひ一度訪れてみてください。「セン」に訪れたということは、呼ばれているのかもしれません。車で10分ほどです。
感想
自然豊かな天川村で、この地でしか表現できない料理を探求する砂山シェフ。これまでの経験に加え、地域の歴史や文化からインスピレーションを受け、独創的な料理を生み出しています。その視線は、天川村から海へと流れる流域の食材、そして未来の環境へと向けられています。豊かな山の腐葉土は、川を通じて海に流れ、そして雨となる。それは自然の摂理であり循環。「SÉN」のロゴは、天川村から流れ出る清流を表しています。
魅力ある地方の活性化は、日本にとって差し迫った課題です。インスペクターが訪れた時、マダムのお腹には新たな命が宿っていました。息子は、学校に同級生がいません。「料理人よ、故郷へ帰れ」、偉大な料理人の言葉と、砂山シェフの生き様を連想しました。この土地でしか成り得ない料理が、天川村にはあります。妻の語った「砂山の生き方はここにある」という言葉が印象的だった。私たちは、地方にこそ未来があると確信しました。人は自然と共に知恵を育み生きることの、なんと美しいことか。改めてそう感じさせてくれる経験でした。

Top Image: © SÉN
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