「カオ」について語ろうとすると、生半可なタイ料理の知識だけでは足りない。東京、神保町。ノスタルジックな古書店に目を留めながら、一つ裏の通りにカオはある。石山公一氏、穂積依里氏の夫婦が営む店。開業から、1年後の「ミシュランガイド東京2026」で一つ星に。
いまや、数多のタイ料理店が軒を連ねる東京。その中でカオは何が違うのか解明したい。
穂積氏がタイ料理を志したのは、子供の頃に地元の店で出会ったいくつかの料理に心を奪われたのがきっかけ。グリーンカレー、トムヤムクン、ジャスミンライス、レモングラスティー。その味の印象が、長く心に残っていたという。
二十歳をすぎて、タイ料理店で働き、23歳の時にタイへ渡った。動機はシンプル。「グリーンカレーはどうやってできているのだろう。トムヤムクンは?」本当の調理方法を正しく知ることが目的だった。
現地で師につき料理を学ぶ日々のなかで、石山氏との出会いがあった。10年以上が過ぎ、穂積氏の料理は独自の進化の過程にあるが、いまもタイでの学びが料理の礎になっていることは間違いないという。
3年を過ごしたタイを離れ帰国、名古屋で店を構える。その後、2024年に東京でカオを開業。夫婦が抱く想いを形にすべく、二人の想いを料理に託す。それぞれが培ってきたものを頼りに、神保町でゼロからの出発だった。店名のカオ/KHAOは、ご主人の石山氏が名付けた。タイ語で「白」を意味し、無垢な心を重ねている。
料理は夫妻の想いを映したコースのみ。
カオでの食体験は、タイを旅する気分になる。その一つを例えるなら、日本からバンコク、そしてチェンマイへ。目的の料理に出会うため、民族の暮らす地域まで足を延ばし、さらにバスに揺られて数時間。そうしてたどり着いた先で、ようやく出会う料理のよう。それを、日本の豊かな食材を用いて、繊細に、優しく表現している。
料理の特徴を一言でまとめることは難しいが、穂積氏自身は「手間をかけること」「忠実さ」という言葉を使う。良い素材を使うことは当然のうえで、切り口や扱いにも細心の注意を払う。タイの地方で食べた「あの味」を念頭に置きながらも、極端な辛さや酸味、独特の香りなどを少しまろやかにアレンジする。コースには、ゲストがまだ知らないタイ料理を中心に、バンコクなどの都市部で人気の料理も織り交ぜられる。調味料には、豆由来の発酵調味料なども多く使われ、結果として日本の食材との親和性が生まれている。
器も苦労して調達した、タイの伝統的な陶磁器であるベンジャロン焼きの食器を大切に使う。
カオの体験を通して、「初めての方がタイ料理っておいしい」と感じ、あるいは世界中を食べ歩いてきた人が「ここでしか食べられなかった」と感じていただけたら嬉しい。と穂積氏は話す。
穂積氏が一皿一皿を丁寧に仕上げる所作には、まっすぐ、真面目に、精密でありながら、素材を慈しむ優しさと優雅さを帯びている。こうした情景もカオでの特別な余韻のひとつといえる。