People 5 分 2025年12月6日

二つ星に並んだ炎水と伯雲:同時代を駆け抜けた二人の現在地

龍吟で培った姿勢を土台に、一つ星から二つ星へと歩んできた「炎水」店主、伊藤龍亮と「伯雲」店主、坂本慎吾。過去と今、そして日本料理のこれからを語り合う。

コロナ禍の同じ冬に独立した日本料理店「炎水」と「伯雲」。開業初年度の「ミシュランガイド東京2022」で同時に一つ星、そして4年後の「ミシュランガイド東京2026」では二つ星として評価された。「龍吟」で修業を積んだ二人は、独立から数年を経た今、その歩みを振り返る。

龍吟には坂本氏が先に入店し、伊藤氏はソムリエ資格を生かし接客から。のちに二人は調理場で働くようになった。

(坂本)「自分が2年先に入ったのですが、伊藤さんが調理場に入るようになって、ものすごい勢いで上がってきた。伊藤さんは、何をやっても仕事ができたんですよね」

「伯雲」店主、坂本慎吾氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
「伯雲」店主、坂本慎吾氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

(伊藤)「坂本さんは魚の扱いがとても上手で、自分が調理場に入るきっかけも作ってくれました」

龍吟では突然試される瞬間が訪れる。伊藤氏は巡ってきた機会に応えながら役割を広げていった。二人は、当時を「あかむつテスト」と懐かしむ。

(伊藤)「叱られた時も、坂本さんがかばってくれたり、一緒に解決してくれたり。年齢では私が一つ上ですが、彼を尊敬しています」

「炎水」店主、伊藤龍亮氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
「炎水」店主、伊藤龍亮氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

「伊藤さんは優秀なので、それほど失敗はしてないですよ」と坂本さん。その一言には、互いの力量も性格も知り尽くした者同士ならではの信頼が滲んでいた。

当時の「龍吟」には、現在各地で活躍する料理人が集まっていた。台湾「Eika」の稗田良平氏、香港の「Ta Vie」の佐藤 秀明氏、そして東京「茶禅華」の川田智也氏と、山本征治氏の下で経験を積んだ時間は、大きな財産となった。

(伊藤)「当時の先輩方の多くが二つ星以上になっています。皆が親方を追いかけ、超えたい。という気持ちが、原動力になっていたと思うんです」

やがて坂本氏は料理長、伊藤氏は副料理長として厨房を支える存在になった。
日々向き合う食材や親方の所作から、多くのことを学んだという。

この日の対談は伯雲にて行われた © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
この日の対談は伯雲にて行われた © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

(坂本)「食材を見る視点は、親方の影響が大きいです。固定概念を壊し、新しい発想を生む姿勢や精神性。挫折を何度も乗り越えるなかで、マイナスをプラスに変える力が身につきました。学んだことは後進にも伝えていきたいと思っています」

(伊藤)「お客様や生産者が何を求め、そして自分が何を最大限に提供できるのか。その姿勢は龍吟で教わったもので、今の従業員教育にも生きています」

営業時間後に皆で行った動画配信用の撮影も、当時はまだ珍しく貴重な経験だった。料理に真摯に向き合い、考えや技を外へ届けようとする親方の姿に触れ、自分たちもその一端を担っている実感があった。こうした経験は今も「料理の見せ方」に大きく影響している。

龍吟での修業を経て、二人はそれぞれに独立を決意し、準備を進めた。店を構えたのは偶然にも同じ冬だった。その時期、新型コロナの緊急事態宣言が出され、物件探しや設備準備は困難を極めた。思うように進まない日々が続くなか、お互いを気にかけ、情報交換を兼ねて連絡を取り合うようになった。

(伊藤)「口に出したことはありませんでしたが、あの頃は、それぞれの状況に向き合いながらも、どこか一緒に戦っている感覚がありました」

屋号「炎水」は、炭火で焼く“炎”と、だしを引く“水”。日本料理の原点であり、修業時代に守り続けた焼き場と煮方の経験を重ねた名とする。

「炎水」店主、伊藤龍亮氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
「炎水」店主、伊藤龍亮氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

坂本氏の「伯雲」は、日本料理を不動の山、そのまわりを流れる白雲を「執着しない心」ととらえた禅語に由来する。柔らかな心で料理に向き合いたいという思いと、親方から「一番弟子」と呼ばれた誇りを「伯(長兄)」の一字に込めた。さらに、龍吟の「龍吟ずれば雲起こる」という屋号にちなみ、自らを“雲の集合の長兄”でありたいと考え、それに繋がる名とした。

別々の板場で過ごしながらも、二人の道は再び交わることに。
開業から一年足らず、「ミシュランガイド東京2022」で両店は 揃って一つ星になった。

「伯雲」店主、坂本慎吾氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
「伯雲」店主、坂本慎吾氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

そして数年後、二人はまた同じ舞台へ向かう。
2025年9月、「ミシュランガイド東京2026」の発表会場。二つ星の部門が始まると、場内の空気が張りつめた。

先に読み上げられたのは日本料理「炎水」。
伊藤氏が舞台袖へ向かう姿を見送りながら、坂本氏は思わず焦りを覚えたという。自分の名が続くとは思わなかったからだ。

続いて会場に響いたのは日本料理「伯雲」。
舞台袖でその声を聞いた伊藤氏は、自分のことのように歓喜がこみ上げた。

舞台へ上がる直前、二人は顔を合わせた。表情が自然にほころび、言葉より早く喜びが伝わった。
開業初年度の一つ星から時を経て、二つ星で並び立った象徴的な瞬間だった。

「ミシュランガイド東京2026」にて、二つ星受賞の瞬間。「炎水」伊藤龍亮氏(中央左)、「伯雲」坂本慎吾氏(中央右) © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
「ミシュランガイド東京2026」にて、二つ星受賞の瞬間。「炎水」伊藤龍亮氏(中央左)、「伯雲」坂本慎吾氏(中央右) © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

独立から数年が経ち、それぞれの料理人としての個性はより鮮明に。
まず、坂本氏が重視するのは、素材そのものの力を素直に引き出すことだ。

(坂本)「素材のおいしさで感動できる料理をつくりたい。『かつおの塩たたき』は、食べ慣れた料理でも“こんな味と食感があるのか”と驚きを感じていただけたらと考えています」

鰹は藁で燻して休ませ、味付けは塩と胡椒のみ。高温の炭火で炙る技術は、長年積み重ねてきた経験があってこそできる。

「伯雲」鰹の塩たたき。藁の香りと、皮目を焼いた香ばしさをまとう © Hakuun
「伯雲」鰹の塩たたき。藁の香りと、皮目を焼いた香ばしさをまとう © Hakuun

一方、伊藤氏が大切にしているのは、素材が持つ表情を多面的に感じてもらうこと。ずわい蟹の時期に供する「鳥取県産 セコガニ 冷・温・甲羅酒」にも、その考え方が表れる。

(伊藤)「例えば、セコガニは一品では魅力を伝えきれないという発想から、それぞれの部位が持つ味わいを感じてもらう構成でお出しします。甲羅を焼いた香ばしさもごちそう。甲羅の内側を焼き、飯蒸しを入れ、内子と外子と身を盛り込み、蟹の餡をかけます。最後に、食べ終わった殻にひれ酒を注ぎ、ふぐのテッサと共に蟹の余韻を召し上がっていただきます」

身の甘み、内子の濃厚さ、外子の食感、焼いた甲羅の香ばしさ。素材が持つ魅力を余すところなく届けるために、冷菜・温菜・甲羅酒で表現している。

「炎水」鳥取県産セコガニの冷菜(左)と温菜(右)。ずわい蟹の時期にだけ供される一品 © 炎水
「炎水」鳥取県産セコガニの冷菜(左)と温菜(右)。ずわい蟹の時期にだけ供される一品 © 炎水

開業前、伊藤氏は昆布に合わせる水を探して全国を巡り、鹿児島の水に辿り着いた。坂本氏も同行し、いまは両店とも同じ水を使っている。

(坂本)「伊藤さんの探求心にはいつも感心します。姿勢や言葉の端々に、親方の精神性や発想を受け継いでいると感じます」

(伊藤)「坂本さんは盛り付けや器の選び方、素材の捉え方に独自の感性があります。断面の見せ方ひとつにも瞬発力があって、刺激を受けています」

奥井海正堂の蔵囲昆布に合わせる水は鹿児島県垂水市から © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
奥井海正堂の蔵囲昆布に合わせる水は鹿児島県垂水市から © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

話題は、これからの日本料理と後進の育成へと移っていく。
二人はいずれも、日本料理を志す人がもっと増えてほしいと語り、そのために“目指される側”であることを目標にしている。

「伯雲」店主、坂本慎吾氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
「伯雲」店主、坂本慎吾氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

坂本氏は、日本料理の古典を掘り下げながら現代の技術で昇華し、「食べた瞬間にまったく違う」と感じてもらえる一皿を追求している。さらに、伊藤氏は星のように“目指すもの”があることで業界全体が底上げされると考え、具体的な姿を示すことで若手の道標になりたいと語る。

(伊藤)「生産者さんの課題は、現地だけでは解決できないものも多い。まずは自分たちが地道に拾い、仲間と協力して可視化していきたいと思っています」

「炎水」店主、伊藤龍亮氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
「炎水」店主、伊藤龍亮氏 © Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide

取材を通して強く感じたのは、節目が同時に訪れたことが“偶然”ではないということだ。
開業も、一つ星も、そして今回の二つ星も、二人はどの段階でも立ち止まることなく、その時々で出せる力を出し切ってきた。その積み重ねが、結果として同じ速度で同じ高さへと向かわせているのだと思う。

二人がそれぞれに哲学を振り返るとき、その根幹には必ず龍吟で過ごした時間がある。食材に向き合う視点、逆境を越える力、何をどう届けるかを考え抜く姿勢。山本征治氏のもとで培った数多の技と精神性は、店づくりや料理の判断軸にいまも息づいている。

互いの個性や視点の違いを尊重しながら、最善を積み重ねてきた二人は、「親方の背中を追いかけてきた時間が、いまの自分たちを支えている」と口をそろえる。その学びと感謝を胸に、これからも日本料理の未来へ向けて進んでいくだろう。

「炎水」伊藤龍亮氏(左)、「伯雲」坂本慎吾氏(右)© Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
「炎水」伊藤龍亮氏(左)、「伯雲」坂本慎吾氏(右)© Hisashi Yoshino / The MICHELIN Guide
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「伯雲」
店主 坂本慎吾
東京都日野市出身
・2004年 辻調理師専門学校卒業
・2007年12月 日本料理龍吟 入社
・2021年1月 伯雲開業
・2021年11月 「ミシュランガイド東京2022」一つ星
・2025年 9月 「ミシュランガイド東京2026」二つ星

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「炎水」
店主 伊藤龍亮
北海道札幌市出身
・2010年10月 日本料理龍吟 入社
・2020年12月 炎水開業
・2021年11月 「ミシュランガイド東京2022」初一つ星
・2025年9月 「ミシュランガイド東京2022」二つ星

Top image: © Hisashi Yoshino / the MICHELIN Guide


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