メンターシェフアワードとは、自身の仕事やキャリアが手本となる料理人に授与される。後進の育成にも力を注ぎ、指導者として熱意をもって助言し、レストラン業界の発展に貢献する料理人・シェフを称える賞である。
「石かわ」グループの代表を務める石川秀樹氏は、自らが立つ「神楽坂 石かわ」を始め、ミシュランガイド掲載店としては、「愚直に」「虎白」「波濤」「寅黒」「蓮 三四七」の若い料理人を育成し、活躍の場を与え、指導者としての手腕が高く評価されている 。
神楽坂毘沙門天の裏手に、黒塀で囲まれた「神楽坂 石かわ」がある。そっと戸を引くと、打ち水された石畳に金魚鉢と小さな狛犬の石像。清廉な空間が広がる。取材当日、石川氏は朗らかな笑顔で迎えてくれた。人を育てること、今後の夢について伺った。
共に学び、共に成長する
大切にしているのは共に学ぶ姿勢。弟子といっても御付きではない。入社して半年のスタッフでも、カウンターで一緒に接客するという。「失敗があれば、お客様が嫌な気分にならないように注意します、笑いを交えてね。うまく解決するのが先輩の力量。私にとっても勉強。お互いが“師”であり、人間としては対等ですから」と笑顔を交えながらもとても謙虚な姿勢。料理以外にも、田植えや生け花などの勉強会や体験学習を積極的に行う。若いスタッフに多くの機会を作り、自分の肥やしにしてほしいとの温かな思いがうかがえる。
心を育てる
目の前のお客様に喜んでいただくことを第一に考える石川氏。売上目標はない。そのため、スタッフの心を育て、志の共有を重んじる。その一環が読書会。各店で料理長が選んだ本を、スタッフが交代で読み合わすのが日課である。漢字が読めず、たどたどしい場面もある。しかし、そこに焦点を合わせるのではなく、作者の意図を感じること。雑念を払い、本質を見抜くのがねらいだ。「つらいと感じるか、楽しいと感じるか、とらえ方で環境は変わってくる。そういった心の豊かさを培ってほしい」と話す。人を信じて任せるのが石川流
若くても資質があれば、料理長に抜擢する。信じて任せるのが石川流だ。「人生と同じで、味に明確な答えは無い。求められれば助言しますが、余計な一言は楔(くさび)になるだけ。自分を信じて、納得する味を追求してほしい」と話す。自分を信じるには土台となる経験が必要と考え、頻繁にスタッフを外食へ連れて行く。学びの場をたくさん提供するのもそのため。
運営を一任するのも、問題を解決する力を身に付けてほしいとの願いから。厳しいようだが、個人が成長するには必要な過程。一方で、受け皿をつくる優しさも忘れない。「失敗したら、また私の下に戻ればいい。選んだ私の責任ですから」という。この信頼関係があるからこそ、若い料理人はためらわず、自然に力を発揮できるのだろう。
スタッフは一緒に成長する友
朗らかで思慮深い石川氏だが、若い頃はモチベーションを保てず、逃げ出したこともあったという。最初の修業先で親方と行き違いがあり、仕事を放棄してしまった。あてもなく一日中電車を乗り継ぎ下宿先に戻ると、親方が待っていた。「誤解があったと謝ってくれました。明日からまた頑張ろうと言ってくれて。嬉しくてボロボロ泣きました」と当時を振り返る。今も悩むスタッフがいれば親身に話を聞く。「諦めず一緒に乗り越えたら、絆になります。スタッフは、仲間とも家族とも違う程良い関係。一緒に成長していく友ですね」と照れながら語った。
料理人としての夢
グループの責任者でありながら、料理人としても板場に立つ日々。様々な学びや経験を重ねて、料理がさらに好きになった。昨年から献立を新たにし、お客様からの反応も上々。「57歳にして成長期に入ったみたいです。少し遅かったですけどね」といつも笑いを誘う気遣いを忘れない。中国思想である「無為自然(むいしぜん)」に影響を受けたことから、心の成り行きに素直でいたい。「派手さよりも、自分だからこそ表現できる料理を作りたいですね。良い意味で、枯れながら成長したい。70歳の自分が、どんな感性で、どんな料理を生み出すのか楽しみです」。
指導者といっても驕らず、対等な目線でスタッフと向き合う。その厳しくも温かな人柄が安心感を与え、若手は伸び伸びと飛躍できる。メンターが導く希望の道。今後もたくさんの料理人が学び、育ち、羽ばたいていくだろう。
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