Dining Out 2 分 2024年7月19日

日本料理を未来につなぐ、女性だけの板前割烹「つるとかめ」

古事記から俳句、茶道まで。皿の上だけでない料理という文化を、世界に伝えてゆく

銀座並木通りにある「つるとかめ」は女性だけで営む割烹店だ。平成の幕開け から複数の日本料理店を営んできたオーナーが、男性社会の日本料理の世界に一石を投じたいと思い続け、女性スタッフが育ってきたことから、念願の女性だけの店を開いた 。

現在、二代目料理長の斎藤あつみさんを主軸に、板前から仲居まで 女性だけで切り盛りする。京壁に網代天井という伝統的な室内。カウンターとテーブル席を備え、細かいところまで目の届く広さで 客をもてなす。

ⒸTsuru to Kame
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料理一家に生まれた二代目料理長

斎藤さんはオープン当初からのスタッフでもあり、2022年に料理長に就任。もともと父は彼女が生まれる前から「つるとかめ」を経営するグループの日本料理店「明日香」の料理長をしていた。そんな家族の影響もあり、5人きょうだいの長女だった斎藤さんは、小学1年生の時には料理人になりたいと思っていたという。父はその後暖簾分けで独立し、女将として働く母、料理人になった弟や妹と共に、家族で日本料理店「さいとう明日香」を営んでいる。いつか父と共に料理をしたいと、職人の世界に飛び込んだものの、男性の同期は重要な仕事を任されるのに自分には回ってこず、悔しい思いもした。「今考えると、男性の上司からすると、女性スタッフは、すぐ泣いたりするイメージがあって、どう扱って良いかわからなかったのではないか」と推察する。だからこそ女性だけの店として「つるとかめ」がオープンすると聞いた時には、とてもワクワクしたという。

女性だけの職場を率い、日本料理を伝承するということ

実際に店を率いるようになって感じるのは、女性だけの組織だと若いスタッフのケアはしやすいものの、友人同士のような関係性になってしまって、どうしても男性のような縦社会になりづらいこと。また、コロナ禍後にリモートワークが浸透したことにより、店にいないと仕事にならない料理人の仕事ならではの難しさを感じるようにもなった。基本の労働時間 が若い世代の「常識」となりつつある中、技術や知識の伝承はそれだけでは難しいのも確か。若いスタッフも多いため、まずは8時間労働で仕事に慣れてもらい、一緒に作業を行いながら、徐々に興味を引き出し、もっと学びたいという気持ちを引き出すようにしているという。
そんな好奇心を高める ためにも役立っているのが、チーム全員が参加する習い事だ。午前中の仕込みの後、茶道、習字、俳句、短歌、古事記、コーラス、英語など、多岐に渡る内容を学んでゆく。大切にするのは、文化や教養としての日本料理。斎 藤料理長は「日本料理の伝統である二十四節気、その季節感を伝えていければ」と語る。

ⒸTsuru to Kame
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添えられた俳句・短歌が伝える季節感

料理は季節の食材を織り込んだ、おまかせ二種のみ。例えば、八寸には和紙に斎藤料理長が毛筆でしたためた季節の俳句や短歌が添えられることも多い。これはスタッフが季節に合わせ考案したもので、ゲストごとに異なった歌が添えられる。作者であるスタッフの名前も記されることから、自己紹介ともなり、受け取ったお客さんと話が弾むことも。書き手も季節に敏感になるだけでなく、短い文章に思いを込めることで、お客さんと接する時にも、適切で美しい言葉遣いになるメリットもあるという。「普段触れている食材である、白魚や蛍烏賊 も季語。料理という仕事は季節と触れ合う仕事だと実感します。添えた言葉で、季節感をより立体的に感じて貰えば」と語る。

歴史を紐解き、古事記を学ぶ

古事記の勉強は日本の昔からの歴史や文化をより深く知るきっかけにと行っている。例えば「つるとかめ」では、桃の節句に桃の花を浮かべた「桃花酒」を出すことがある。それは日本の国が誕生した日本神話の中で、日本を生み出したと言われる夫婦神の夫であるイザナギノミコトが、亡くなった妻、イザナミノミコトに会いに黄泉の国に行く。妻に「決して姿を見ないでくれ」と言われたにも関わらず覗きみたことで、変わり果てた姿になった妻の怒りを買い、逃げる際に霊力のある桃の実を投げて地上に戻ることができた、という話。それから桃花酒を飲んで無病息災を祈るようになったという。「普段からひな祭りとして身近な桃の節句ですが、知らない方も多い。当たり前だと思われてきた風習の原点を知ることで、食体験がより豊かになる」。

茶道は食後に提供する抹茶の ためだけでなく、所作の美しさや仕事の段取り、「真・行・草」という状況に応じたお辞儀の角度など、社会人の基礎として大切なものを伝える意味もあるという。
コーラスは、誕生日や結婚記念日など、祝い事のある方に向けて「ふるさと」など、聞く側の心に懐かしい景色を思い浮かばせる童謡を全員で歌う。元々はスタッフの団結のために始めた習い事だったが、お祝いに歌ってみたところ好評を博し、今はこれを楽しみに訪れる人も少なくないという。
ここは、レストランであるのと同時に、日本文化の伝統を継承する場所でもあるのだ。

ⒸTsuru to Kame
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魚と野菜を中心としたコース構成

食材は日本料理の伝統に忠実に魚介類や野菜が中心。肉は使わないことが多い。そんな中、物足りなくならないように、調理法や全体のボリュームを考える。近年は海外からのゲストも少なくないため、スタッフ全員が英語を勉強中だ。例えば、海藻などは残されてしまうことが多いので、海外の方に馴染みのある野菜に置き換えるなど工夫している。事前予約制で、ベジタリアンにも対応する。

ここから描く未来

「ここにいるのは、20代の若いスタッフばかりだけれど、それぞれに、自分の店を持つという明確な夢を持っていま す」だからこそ、斎藤さんはこの「つるとかめ」が若い世代の夢の架け橋になっていけばと願っている。つるは千年、かめは万年。女性板前たちの手で、日本料理を未来につないでゆく。

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