「ミシュランガイド京都・大阪2025」の発表にて、「桝田」の桝田兆史氏がメンターシェフアワードを受賞した。
メンターシェフアワードとは、自身の仕事やキャリアが手本となる料理人に授与される。後進の育成にも力を注ぎ、指導者として熱意をもって助言し、レストラン業界の発展に貢献する料理人・シェフを称える賞である。

日本料理の道に
奈良の川上村で祖父の代から干物や仕出しを扱う実家に生まれ、父親が魚を扱う姿を見て育った桝田さん。料理人を志すきっかけとなったのは板前が主人公のテレビドラマ「前略おふくろ様」。その世界に心を打たれ、憧れたという。料理人としての第一歩は有名料亭を志し「吉兆」の門を叩く。
厳しい修業の日々を過ごしたのち、大阪ミナミの割烹店にて28歳の若さで料理長に就任。
料理教室の生徒たち、そして「桝田」の開業
料理長を務める傍ら二つの料理教室で講師をした。一つは、花嫁修業の女性や主婦が中心。生徒たちは一生懸命に料理を作り、そのおいしさに喜んでくれたという。
「料理人として、こういう人たちに喜んでいただける店をやりたい。料理人冥利につきる」と確信。
もう一方は、これから飲食業に挑戦する人向けで、三ヶ月や半年で料理の技術を習得するコース。
「たった三ヶ月で、包丁を持ったことのない方々が、少し作れるようになったら本当に店を始めるので驚きました。」
当時の桝田さんは十数年料理を経験していたが、自分の店を持つのはまだまだ先と考えていた。しかし、そんな生徒たちを目の当たりにし背中を押された気がしたという。
生徒たちとの出会いに加え、勤務先の閉店が重なり、ついに「桝田」を開業することになった。教室での経験から女性客が訪れやすい場所と料理を考えた。
「桝田流八寸」心に響く演出
八寸という料理は茶事の一品に由来する寸法。つまり約24cm四方のお盆に海のものと山のものを盛り付ける。それを「桝田」では一人前ずつでなく、一組ごとの人数分を合わせ豪快に供す。
時代はテレビの画面がワイドへと変わる頃。その迫力に感心していたことから、料理を横長に盛ることで驚きと感動を与えることができるのではと考えるように。信楽、織部、備前の素朴な器を揃えたり、作家に焼いてもらったり。
大きな長皿に料理を盛ると、喜んでくださり、会心の手ごたえを感じたという。
今では「桝田」の名物ともいえる。独立したお弟子さんたちが同じように八寸を供すると、お客様から「心斎橋の桝田の出身か」と尋ねられることもしばしばあるそう。

まずは、とことん真似を
大阪では、師匠や親方のことを「おやっさん」、その弟弟子は「おじき」と呼ぶ。若くして二番手や料理長を任された桝田さんにとって「おやっさん」「おじき」は、修業時代の先輩方。当時は、憧れた先輩の様に早くなりたい思いで真似をした。
「包丁の持ち方、ご飯を食べるときの箸や茶碗の作法から、布巾の絞り方とか何もかも。」
憧れた先輩方は仕事が早く、先回りして段取りする。もちろん料理の盛り付けも美しかった。
自身の経験に裏打ちされた「完全に模倣できるまで真似る」姿勢こそが、一人前になる近道だと考え、お弟子さんにも同じことを説く。
店では、桝田さんを真似るお弟子さんたちに対し、「真似てばっかりやなぁ、お前は」と冗談を言うこともあるが、一生懸命に真似てくれる彼らの姿が嬉しいのだと満面の笑みで語ってくれた。
桝田イズム、伯楽は“お客様”
カウンター正面に「伯楽一顧(はくらくのいっこ)」の書が掛かる。「伯楽」は人の才能を見抜く人。「一顧」は才能を発揮すること。
桝田さんの考える「伯楽」とはお客様のことである。
「お客様に私たちを認めていただけるよう常に成長していきたい。」
食事の時間を楽しくするのが料理や店の雰囲気。
つい先日のこと、「店主の人柄が良く、従業員も朗らかで素直、きびきびと働きながらも会話も楽しめる」とお褒めの言葉をいただき、桝田さんは喜んだ。同時に、主導者の人柄により店の雰囲気が変わることを再認識した。
次世代を担う料理人へ
「一足飛びに何もかも習得しようとせず、年月をかける修業時代も必要。将来、料理長になったり店を持ったりすれば辛いことは多い。そんな時、積み重ねてきた経験がそれを乗り越える自信につながる。修業の目安は十年ほど。時には、悩むこともあるだろうが、そういう時間を大切に過ごしてほしい。」
今後の抱負は?
「新しい料理を考えるのは、これまでと同様。そして弟子を育てていきたい。彼らが桝田で修業したことを誇りに思える店にしたいし、そう言ってくれる従業員を一人でも多く育てたい。これは私の夢であり、その想いが今回の受賞につながったと信じています。」今日も「桝田イズム」を継承するお弟子さんたちは、桝田さんを囲んで日々修業に励んでいる。

Top Image:Ⓒ Masuda
