Features 2 分 2023年9月22日

ミシュランガイドフォーカス:秋の食材「秋刀魚」

心地よい秋風が吹き始めると秋刀魚の季節が訪れる。読んで字の如し秋を代表する魚として好まれつつ、今や和食の食材にとどまらない。秋刀魚にまつわる逸話を交えながら更なる可能性を探る。

三文字の名前の由来

たいは鯛、まぐろは鮪。魚の漢字は、魚偏の付く一文字で表されることが多い。しかし、さんまは秋刀魚と三文字。その由来は、体が狭い魚を意味する「狭真魚(さまな)」からという説がある。秋に良く獲れ、刀のような美しさから当てられた漢字。江戸時代には、魚偏に祭と書いて「鰶(さんま)」と読んでいたことも。秋刀魚が市場にたくさん並ぶと庶民が喜び、お祭り騒ぎになったことからこの字が使われていた。古くから親しまれていたことが名前からも伝わってくる。

江戸では光を灯す役割

江戸時代は淡泊な魚が最上とされ、食事の席では鯛や鮃といった白身魚が好まれた。そのため青魚かつ脂がのった秋刀魚は敬遠され、食卓に上がることは少なかったという。秋刀魚は身を絞り、油として活用。当時、灯油に使う菜種油は高価だったため、江戸庶民は安価な魚油を行灯に入れて夜を過ごした。

©HikoPhotography/Shutterstock
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秋刀魚のお供

秋刀魚の最盛期は9~10月頃。秋が深まると、産卵に向けて栄養を蓄えるため脂がのる。最も馴染みの調理法は塩焼だろう。そして塩焼に大根おろしは欠かせない。この相性の起源は江戸時代に遡る。当時、町で流行していたのが天ぷら屋台。油で揚げた天ぷらをさっぱりと味わえるように、どの店にも大根おろしが置いてあったそう。これを七輪で焼いた秋刀魚に試したところ、実に良く合った。大根には油を分解して消化を助ける酵素が含まれるため理に適っている。また、酢橘やかぼすといった柑橘にも意味がある。柑橘の汁には抗酸化作用のビタミンCが多く、秋刀魚の成分ビタミンEと合わさると、栄養価が高まる。


秋刀魚料理は塩焼だけではない。東京、京都、大阪のミシュランガイド掲載店から、和洋中の料理人が創意を見せる。

麻布 和敬/Azabu Wakei(一つ星/日本料理/東京)

~秋刀魚共肝焼き飯蒸し~
竹村竜二氏による秋の定番料理。季節の訪れを感じてほしいと、献立の序盤に供し印象付ける。身は三枚におろし、肝と内臓を叩いた醤油ダレに漬けて焼く。炭火の燻香と肝の風味をまとう秋刀魚は味わい豊か。飯蒸しにするのは、空腹のままの酒は負担が大きいという気配りから。

©Azabu Wakei
©Azabu Wakei

車力門 おの澤/Sharikimon Onozawa(一つ星/日本料理/東京)

~骨抜き秋刀魚の塩焼~
師匠から譲り受けた小野澤誠氏の一品。念頭に置くのは、秋刀魚の塩焼をそのまま頬張れること。すべての骨を抜き、手仕事をした内臓を元に戻す。塩のみで味付けし、ふっくらと焼く。中骨は揚げて骨煎餅に。型にはまらない創意工夫。そのおいしさたるや、食べ手まで骨抜きにされてしまう。

©Sharikimon Onozawa
©Sharikimon Onozawa

ベルロオジエ/VELROSIER(二つ星/中国料理/京都)

~秋刀魚と焼き茄子~
秋刀魚と茄子という季節の出合いものが発想の起点。岩崎祐司シェフは、一皿に食材を重ねる足し算で新たな味を生み出す。秋刀魚はフレンチの技法でコンフィ、茄子は中国の香辛料と発酵調味料で味付け、金糸瓜や山芋を合わせて重層的に。香り、食感、盛り付けに独自性を求め、中国料理を革新させる。

©VELROSIER
©VELROSIER

イル・チェントリーノ/il Centrino(一つ星/イタリア料理/大阪)

~秋刀魚・茄子・コラトゥーラ~
北口智久シェフが秋刀魚を手にして気付いたイタリアと日本の共通点。イタリア料理では青魚に魚醤、和食では秋刀魚に醤油を合わす。そこで秋刀魚に魚醤のコラトゥーラを合わせ、両国の食文化を馴染ませた。炙った秋刀魚は、魚醤で味付けた茄子の上に。日本の食材を主役としながらもイタリアンの技と枠を守る。コラトゥーラの程良い塩気がワインを誘う。

©il Centrino
©il Centrino

ディファランス/Différence(一つ星/フランス料理/大阪)

~鳩と秋刀魚~
フランス料理を通じて日本を表すのがテーマ。藤本義章シェフはメインディッシュの鳩に秋刀魚を合わせて秋を伝える。フランス産の鳩はロースト。秋刀魚は和食の甘露煮をイメージし、骨ごと食べられるように赤ワインで煮込む。ソースは鳩のエキスを秋刀魚の肝でつなぎ、双方の鉄分による苦みを調和させた。上に添えたりんごの甘みとビーツの酸味と共に味わってほしい。和の感性とフレンチの経験からレシピが生まれる。

©Différence
©Différence

昔から愛される秋刀魚。昭和に映画の題名になったこと。古典落語の噺(はなし)から「目黒のさんま祭り」が催されるなど各地で親しまれてきた。炭火で燻した香り、飴色に焼けた皮、脂ののりとほろ苦さが待ち遠しい。秋の味覚は始まったばかり。


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