夏は50℃を超えることもあるドバイは、その間自国を離れる人も多い。
「他国で過ごした人がドバイに戻り、世界中ですしを味わったがここが一番、という声を聴くのが何よりも嬉しい。今年はミシュランガイド掲載のおかげか、夏の間もたくさんの観光客の方々にもお越しいただけました。お客様、スタッフ、生産者、そしてホテルにも少しは恩返しできたのかな」。
そう語るのはブルガリリゾートドバイに位置する「Hōseki」の杉山将大氏。遠く離れた地、ドバイで活躍する熱き日本人すし職人に話を聞いた。
すし屋の家系に生まれて
1865年創業の老舗すし屋の息子として生まれた杉山将大氏。父方、母方の祖父母も共にすし屋という境遇だった。しかし幼少期はすし職人になるとは思っていなかったという。朝から晩まで働く両親。休みの日でも電話が鳴れば対応し、365日、仕事と生活の区別がつかない毎日。自営業の大変さを間近で見ていて、すし屋は選択肢からなくなっていった。
「運動会のお弁当は当たり前のようにいつも巻物。子供なら、から揚げやハンバーグに憧れるので、友達と交換してもらうのが嬉しかったですね」。
食べることや料理に興味があった杉山氏は、学生時代、飲食店でアルバイトを経験。ある日、自身が作った料理をサービスする機会があった。自作の料理で笑顔になっていく客を見て、自分がしたいのはこれだと気付いた。料理で笑顔にさせる瞬間を、間近で見られるのが カウンターの醍醐味。それがすしと結び付くのに時間はかからなかった。
その後、東京のいくつかのすし店を経たのち、「鮨 かねさか」の支店で修業を積む。そして2017年、ブルガリリゾートドバイの開業にあたり、熱烈なオファーを受けた。 コンセプトやオペレーション、食材まで全て任せてくれるならと引き受け、ドバイへ向かった 。
「Hōseki」箱の秘密
ブルガリの煌びやかな 宝石のイメージと、ビューティフル、エレガントと称賛される美しいすしを掛け、屋号を「Hōseki」と名付け、 ドバイでおまかせのみのすし店をオープンさせた。
「Hōseki」を語る上で外せないキーワードが「メイドインジャパン」。魚、野菜、塩からテーブルウェアまで全て “日本産”に心を配り、 週に数回、日本から新鮮な食材を取り寄せる。
「毎日のように仲買人 と連絡を取っているので、豊洲市場に出向いている感覚。ドバイと日本の時差は5時間。店が深夜12時に終わる時、日本は早朝5時。市場も一息つく頃で、ちょうど話しやすい時間なのです。ドバイの地の利ですね」と微笑む。
聞けば、海苔は海苔漁師、わさびはわさび農園から仕入れているという徹底振り。生産者とは日本で仕事をしていた頃からの付き合いで、杉山氏だからこそなせる業。それら厳選された食材が日本全国から集まり、「Hōseki」行きのコンテナに載せられる。それはまるで“Hōseki箱”。ダイヤモンドの原石のような食材は、光り輝くすしに昇華されるのをコンテナの中でじっと待つ。
「あなたの大切な時間を、私たちにおまかせください」
「Hōseki」には三つのおまかせがある。コースに限る理由は、「日本の旬をお楽しみいただくため、内容はおまかせください」という思いから。また、食事だけではなく、おもてなしや空間もまかせてほしいと杉山氏は言う。日本人スタッフが和の心でゲストをもてなす。海外だからこそ日本のおもてなしを届けたいと日頃からスタッフに話している。お客様に合わせた、その時できる一期一会のサービスをする。自分で考え、気持ちを込めて行動するよう指導している。
「お客様が喜んでくれる姿はスタッフにとって一番心に響く。私が褒めるよりよっぽど心に残り、モチベーションになると思っています」。
ゲストが「Hōseki」に一歩入った瞬間からお帰りになるまで、まるで日本にいるかのような体験をしていただきたい。例えば、ゲストをお迎えする時。当初ホテル側から、カウンター越しにゲストに一斉に挨拶をし、ショーの始まりを告げてほしいとリクエストされた。だが、杉山氏はそれを断った。日本でしてきたように、一人ひとりの目を見て、心を込めて挨拶をする。日本流の細やかな配慮や心配りを忘れない。
「日本へようこそ。あなたの大切な時間を、私たちにおまかせください。という真摯な気持ちで向き合うのは、貴重なお時間を頂戴し、おまかせいただいているから」と語る。
終わりなき旅路
ドバイはハラールの国のため、基本的に酒とみりんは使わない。 それを生かすのが腕の見せどころ。また、現地の水は少し硬いため、一回煮沸し軟化してから使用するなど、地域に応じた工夫を重ねる。現状に満足せず、より良くするための試行錯誤の日々。
「日本にいてもドバイにいても変わらないのですが、日々修業。すし職人に終着点はないと思っています」とまっすぐに語る。 常に進化し続けるモチベーションの理由を伺うと、「やっぱりすしが好きだからですね」と、はにかむように本音を一言。そのような杉山氏の表情は、“Hōseki”のように輝いていた。
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Illustration image:ⒸMasahiro Sugiyama, Hōseki/ Bvlgari Resort Dubai