People 4 分 2024年3月5日

ミシュランシェフへの質問―“料理は人なり” シェフの素顔とは― vol.1

業界をリードする 京都・大阪 4人のシェフに訊く。普段は知ることのできない角度から読み解きます。

洗練された技、研ぎ澄まされた感性から創り出される料理の数々。感動を生み、魅了させる料理には、作り手の信念や哲学が宿ります。食べ手は作り手の考えや生き方をもっと知ることで、より共感し、より深く料理を味わえるものです。そこで、業界を牽引するシェフに、料理だけでは知ることができない、考えや経験をいくつか質問させていただきました。きっと、おいしい料理だけなく、その人の料理を味わいたいと思考が変わるでしょう。
“料理は人なり”

Kikunoi Honten_Yoshihiro Murata_F.jpg

菊乃井 本店/日本料理
村田吉弘氏

Ⓒ Kikunoi Honten

人生で忘れられない一皿

フランス・パリで就職活動中に食べた「鴨のオレンジソース」。日本料理では「鴨ロース」「鴨鍋」「治部煮」が一般的な中、鴨とフルーツを一緒に食べる事に非常に違和感があったが、食べるととてもおいしかった。自分の人生を変える一皿となった。

印象に残る本

・「成功の実現」中村天風 著
      若い頃は枕にして寝ていた。それ程読み込んだ一冊。
・「考え方」稲盛和夫 著
      今の仕事・人生において一番影響を受けている。また、盛和塾一期生なのも理由の一つである。
・「マギーキッチンサイエンス」Harold McGee著
      料理は科学だと思っている。その為、勘や経験は数値にしなければならない。そうしない限り日本料理は世界の料理にならないと思い、現在も続けている。

自身にとっての偉大な人物

菊乃井二代目主人 村田元治(父)
一子相伝するべきは料理の作り方ではなく、料理に対する姿勢である。という事を学んだ。

ピンチをチャンスに変える方法

ピンチとは過程である。ピンチになると、どうすれば良いか、どうすれば良くなるかを考え、行動する事でチャンスが多数生まれる。どん底と思うからどん底であり、物事を長い目で見て最終的に良くなれば成功と言えるのではないでしょうか。

大切なのは失敗したまま終わらせない事、あきらめない事。お店が潰れそうになった時もどん底とは思わなかったのは、失敗だと思った時点でそれは現実になるとの考えから。
物事を長い目で見て失敗から学び、成功するまで諦めないことが重要であると考えている。

座右の銘

大本山天龍寺の先代管長 平田精耕老大師からのお言葉が座右の銘です。
「明歴々露堂々」歴々と明らかに、堂々と露わるという意味。生き方にも料理にも共通の教えとなっている。

Nakahigashi.jpg

草喰 なかひがし/日本料理
中東久雄氏

Ⓒ Michelin

人生で忘れられない一皿

「ミシェル・ブラス」の「ガルグイユ」です。色々な野菜に少しの生ハムを添えて。

印象に残る本

・「イワンの馬鹿」レフ・トルストイ 著
      コツコツと真面目に続けることが大事。
・「地球再生型生活記」四井真治 著
     地球上に住む人間は、地球を守ることが使命であり、持続可能な社会を作る。

自身にとっての偉大な人物

・千利休
 花は野にあるように、自然から学び、自分に取り入れる。

ピンチをチャンスに変える方法

命があれば、その環境を受け入れ、知恵をだす。救いを求め感謝する。
料理人とは、自然を学び、自然界の中から食材を選び、その食材と対話する。知識を知恵へ変えること。「失敗は成功の母」である。人生は失敗だらけです。

人生の中で、最も忘れられない言葉

「誇り高く平らに生きよ」故 中東吉次(兄)が私にくれた座右の銘です。

Hajime_Yoneda.jpg

HAJIME/イノベーティブ

米田肇氏

Ⓒ Michelin

人生で忘れられない一皿

忘れられない一皿が何なのか?三日間くらいずっと考えたのですが、そう考えている時点で、一皿を選ぶことができないわけです。私にとって「食べる」ということはとても大切なことです。若い頃はお昼に何を食べようかと悩みすぎて、夜になってしまったこともよくありました。子供の頃に食べた母親の料理から、初めて食べた海外の料理の数々、山に生えている山野草一枚、全てが私の記憶に刻まれ、忘れられない一皿だと言えます。

印象に残る本

・「ぼくが料理人になったわけ」小林充 著
      サラリーマンの時に、料理人を夢見てこの本を読んでいました。
・「今日の芸術」岡本太郎 著
      芸術とは何か?芸とは何か?自分自身のオリジナリティを模索している時に読んで衝撃を受けた本です。ものづくりをされる人であれば、ぜひ読んで欲しい一冊です。
・「経営の教科書」新将命著
      オープン当初、初めて会社を経営する上で何度も何度も読み直した本です。

自身にとっての偉大な人物

・父
    利他的で正義感があり、誰よりも優しい存在でした。
・坂本龍馬
    常に次の時代を考えて、多くの人のために動いた龍馬のように生きたいと学生時代から思って生きています。
・スティーブ・ジョブズ
    奇人であったと思いますが、ものづくりということに忠実で、革新的なクリエイターとしての私自身にとても影響を与えた存在です。

ピンチをチャンスに変える方法

まず大切なことは、どん底に落ちたショックをできるだけ早く断ち切ること。そして、今一度どこに向かいたいのかを考えることだと思います。向かう方向が決まれば、次に現実と向き合う。何を変えて、何をすれば前に進むことができて、ゴールに辿り着くのかを分析します。あとは一つ一つ取り組みながら、ぶれそうになれば軌道修正し、最初に掲げたゴールへと向かいます。大切なことは、それを行う覚悟と続ける根気が必要です。

料理人人生の中で忘れられない失敗談

料理人になってからの失敗は語り尽くせないほどあります。ただ、技術的な失敗よりも、精神的な弱さからくる失敗の方が自分自身を見つめるきっかけになったと思います。

初めて働いた店は、指紋一つ壁にあるだけで大変なことになるほどで、味見をすることは厳禁でした。ある日の特別メニューでつくったバニラアイスクリームは、普通の20倍くらいのバニラビーンズを入れたものでした。「どうしても味見がしたい!」そう思って冷蔵庫に入っているアイスクリームを一口味見したのです。きっとその姿をシェフは見ていたのでしょう。案の定「誰か味見しただろ」ということになり、怒られるのが怖かった私は「知りません」と言ってしまいました。それで終わらせてくれるようなシェフではないので、「誰が味見したか言うまで今日は帰らせない」という話になり、「私です」と言ったのです。そのことで信用を失ってしまいました。嘘をつくことが本当に嫌いだったのに、恐怖に負けて嘘をついた自分自身を恥じました。

次の店に移ってからは、どんなことでも正直になり、何かやりたい時は先に進言し、失敗も自ら伝えました。そのことでシェフから信用をしてもらえるようになりました。この経験は、何事も正直に、真摯に向き合わなくてはいけないという精神をつくってくれたと思います。

人生の中で、最も忘れられない言葉

私がレストランで働き始めたのは27歳の時。当時は洗い物ひとつうまくできず、何をやっても失敗し、叱られていました。一年経つ頃には「君はこの職業に向いていない」とシェフに言われ、現実の厳しさを思い知らされたのです。しかし、このまま諦めるわけにはいきません。料理人になるのを両親に反対され、それでも脱サラをして、危険を冒してまで、料理人になろうと思ったのです。

そこで考えたのは、どのようにすれば、「君はこの職業に向いているよ」と言われるようになるのか?その条件を一つ一つ箇条書きにしました。清潔、仕事のスピード、食材の管理、時間管理、基本的な技術アップ、無駄な動きの削除。そして、対策を練って、条件をクリアするようにしていきました。

それを続けて3年。私はフランスの二つ星レストランで部門シェフを任されるようになっていました。そこに、両親が日本から食べに来てくれたのです。その時に、グランシェフが私の肩に手を置きながら、私の両親に、「Il est vraiment bon cuisinier!」(「彼は本当にいい料理人だよ」)と言ってくれたのです。この私が「なんとかこの職業に少しは近づけた」と思うと、涙が出そうになったのを今でも覚えています。

今、「この職業が自分にあっているのだろうか?」「この仕事が私に向いているのだろうか?」そのように悩んでいる人、不安になっている人がいたら、私と同じように、達成すべき条件を箇条書きにして、ひとつひとつ丁寧に課題をクリアしていってみてはいかがでしょうか。簡単には諦めないでください。いつの日か、きっとその職業に愛される時が来て、同じように声をかけてくれる人が現れると思います。

Fujiya1935_Fujiwara chef_F.jpg

Fujiya 1935/イノベーティブ
藤原哲也氏

Ⓒ Fujiya 1935

人生で忘れられない一皿

2001年夏に行ったスペイン「El Bulli」。一皿というよりは、全てがはじめてで、忘れられない食体験。味の想像がつかないような調理法や食感、30皿以上が出てきたと思う。サービススタイル、ローケーションまで凄かったです。しいて一皿あげるならば、ココナッツ入りスミイカの小包、ショウガ風味。

印象に残る本

フェラン・アドリアの弟のデセールの本「albert adria los postres de el bulli」、別冊専門料理「スペインが止まらない」師匠ミゲルの本などお店をオープンした当時は情報も少なかったのでボロボロになってしまった。それぐらい読みつづけた。

・「おいしいとはどういうことか」草喰 なかひがし 中東久雄 著
      Fujyaは自然や季節に寄り添って料理を作りたいと願う思いから、多くの事を教えてもらいました。
・「人間は脳で食べている」京都大学教授 伏木亨 著
      現在に至るまでのFujiyaのコンセプト、おいしいさの感覚などの根幹的な本。

自身にとっての偉大な人物

・フェラン・アドリア
   それまでのクラシックありきの停滞した雰囲気から、料理はもっと自由に創造して良い、ということが許される方向に一気に前進させた人。

ピンチをチャンスに変える方法

どん底に落ちても、ただひたすらに、朴訥(ぼくとつ)に仕事をこなしていく。と、いつのまにかライバルがいなくなっている。

人生の中で、最も忘れられない言葉

「お客さんの後ろには沢山のお客さんがいる」。祖母から教えられた、藤原家の商売をするうえでの経営理念。一人のお客さんに喜んでもらったら、また別のお客さんを連れてきてくれて、それが連鎖する。だから一人一人のお客さんを大切にしなさい。という意味。


Top Image: Ⓒ ronstik/ shutterstock

People

検索を続ける - 興味深い記事