2017年開業の「茶禅華」は、都内でも有数の一等地である南麻布の高級住宅街にひっそりと立つ。旧ドイツ大使公邸の建物を改装した店内は、メインダイニングと大小の個室を完備。上品なインテリアが醸し出すシックな雰囲気が居心地よい。
階段の壁を飾る景徳鎮の大皿は、師と仰ぐ「龍吟」の山本征治氏から贈られたもの。
三つ星への軌跡
川田智也氏: 1982年、栃木県出身。都内の中国料理店で修業した後、「龍吟」で日本料理を学んだ。2017年、「茶禅華」の開業に合わせてシェフに就任。2018年版の初掲載で二つ星、2021年版で三つ星。
外食好きの家庭で育った川田智也氏は、物心がついた頃から中国料理好き。幼稚園の卒園アルバムに「コックさんになりたい」と書いたほど。その夢を叶えるため都内の中国料理店で修業を積み、日本の食材を知るべく「龍吟」の門を叩いた。そこで学んだのは技術のみならず、素材を生かしきる日本料理の真髄。両国の伝統を踏まえ、新境地を開いた新進気鋭のシェフである。
テーマに掲げる“和魂漢才”とは、平安時代中期に日本で生まれた思想上の概念。古来、中国から伝来した「漢学」を先人が発展させてきたように、中国料理を日本の食材と精神で昇華させるのが狙いである。もう一つの信条は、本場で語り継がれる“真味只是淡”。真の味は淡きところに宿るという教えから、日本料理との共通点を見出した。
和と漢の調和
献立は中国文化の古典に倣い、一品ごと漢字四文字で表現するのが“川田流”。漢字を眺めながら、どんな料理なのか想像力を掻き立てるのが楽しい。
料理に合わせる飲料はペアリングを重視。ワイン、日本酒、紹興酒などのアルコール、あるいは中国茶と日本茶のほか、双方をミックスしたペアリングなどで相乗効果を図る。
川田氏の理念は、単に日中の料理を融合させるのではない。双方が自然と重なり合うように、和と漢の調和を図る。先人の考えを基に未来へ繋ぐ。すなわち、過去、現在、未来という順を守り、中国料理の伝統に和の食材と技を落とし込む。例えば「雉のスープ」なら、清湯に昆布だし、和素材である雉をワンタンに詰めるなど。従来の概念とは一線を画す、和の精神を宿した中国料理といえよう。
人と向き合う“茶”、自身と向き合う“禅”、中華の“華”にちなむ店名。茶も禅も中国から伝わり、日本で独自の発展を遂げた。その歴史に倣い、日本人ならではの感性で革新と洗練性を追求してきた結果が、日本初の中国料理の三つ星という快挙を実現した。
持続可能な取り組みでも第一歩を踏み出している。海のサステナブルについて考える団体「シェフフォーザブルー」に所属し、フードロスやプラスチック問題を危惧。実験的に生ごみ処理機を導入している。
星に輝いた瞬間
ミシュランガイドインターナショナルダイレクターのグウェンダル・プレネック氏から三つ星の報告を受け、両店のオーナーが従業員にかけた言葉が印象深い。「茶禅華」の林亮治氏は、「色々なことを追求してきたことは、只々お客様のためだったのがこの結果に繋がった」と喜びを表し、「レフェルヴェソンス」の石田聡氏は、「大事なのは、今まで何をしてきたのではなく、これから何をするか」と気を引き締めた。両店の新たな挑戦は始まったばかりだ。