舞台は東京都港区愛宕。近隣には「出世の石段」で有名な愛宕神社があり、緑生い茂るすぐ先に高層ビルや東京タワーが迫る。東京ならではの風景を見ながらたどり着いたのは、青松寺の山門。脇にある緩やかな石段を登れば、今回訪問する一つ星の精進料理「醍醐」の看板が顔を見せる。
創業当時は隣接する青松寺の境内に位置し、住職が「醍醐」と名付けたのが始まり。
精進料理の歴史は深い。元々は仏教徒が実践する菜食主義の食事。僧侶は修行の一環として、植物性食材で作られた料理のみを口にしていた。
現代では、多様な食生活や文化が認知、支持され、世界でも注目されている日本料理のひとつ。
醍醐は仏教のことばである「三心」の精神で、精進料理を独自に解釈。料理に鰹だしを使用するという。それは「おいしい食事を提供すること」が料理屋にとっての最大のもてなしと考えるから。
- 大心 偏りのない自由な心
- 喜心 楽しんでもてなす心
- 老心 思いやりや気配りの心
これら三つの心を胸に、固定観念にとらわれない自由な発想で、その時できる最大限のもてなしで客人を楽しませるという。
着物姿の仲居に部屋に通されると、凛とした庭の景色が目に入る。訪問時は、寒さを乗り越えた緑が青々と色づき、夏の訪れを待ちわびる時季。庭との間にある扉が僅かに開けられ、清々しい風を部屋まで運んでくれる。
先ずは、部屋の設え、掛け軸や置物、数寄屋建築の美を拝見。箸袋の文字は「雷除箸」。
「箸は飛騨特産の一位の木でできています。雷も除けてしまうほど強運の木と言われており、天皇陛下がお持ちになる笏(しゃく)と同じ木なのです。お食事のあとはどうぞお持ち帰りください」と仲居が説明してくれた。
また箸袋には、禅宗で食事前に唱える五つの教え「五観の偈(ごかんのげ)」が記してある。
一、 いただく食事がどのような過程を経てきたか、多くの方への感謝を込める
二、 日頃の自身の行いがこの食事をいただくに値するか、自戒反省の意味も込める
三、 むさぼり欲しがる心を防ぎ、誤った行いを避けることを宗とする
四、 食は良薬であり、健康に生きるために得るものである
五、 いま、この食事をいただくのは、己の道を歩むためである
草花であれ、命を頂くことに感謝し、誠心誠意それに向き合う。自身の心を整えてから箸を手に取る。
日本料理は、縁起を重んじ、ゲン担ぎの要素を取り入れる習わしがある。例えば、色彩九郎寄せ(しきさいきゅうろうよせ)。端午の節句の時期に、戦国武将、源義経が笛の名手だったことにちなみ名付けられた料理。義経は九郎(くろう)と呼ばれていたが、苦労(くろう)を連想させることから、料理では九郎(きゅうろう)と呼ぶ。
空豆のすり流し
新緑の季節に相応しい色合いの椀物。里芋の甘みと添えられたあられが香ばしさと異なる食感を与える。精進蕎麦
献立の中に必ず組み込まれる名物料理。仲居が手際よく漆器の蓋を開けてくれる。とろろ蕎麦に薬味は辛子と青海苔と葱。八寸
季節や日本の伝統行事を映す八寸は日本料理の中でも見せ場のひとつ。端午の節句にちなんだ盛り込み、蓮根を弓矢に、大根を的に。蓮根は胡麻和え、大根は油揚げと共に巻く。粽の中は麩。馬の手綱に見立てた、手綱すしは人参、胡瓜、椎茸で彩り良く。青豆を鞍掛豆として。
高野豆腐の東寺巻き
京都の東寺(教王護国寺)で湯葉が作られていたことから、湯葉料理に東寺の名称を使うことが多い。大豆の甘み、栄養価も高い素朴かつ品のある料理。なめこ雑炊
こちらも名物料理のひとつ。鰹だしを使う。香の物は酸味ある梅、旨みある牛蒡の味噌漬け。僅かな時間の中、改めて日本文化を身近に感じられる精進料理の美しさに気づかされた。日本料理は季節と行事を映す料理でもある。数寄屋造りの建物、畳、掛け軸、置物、庭の景色、仲居の所作や着物、そして料理や器。感じるもの触れるものすべてを通して日本の総合芸術を体感できるのも楽しみのひとつ。日本人が大切にしてきた祭事や節句、仕来りが時代と共に忘れ去られてしまう時代。
醍醐で過ごす時は数時間であるが、古き良き日本文化に浸ることができる。時にはそっと携帯を置き、目の前にある命に感謝し文化に向き合ってみてはいかがでしょうか。