People 2 分 2024年2月2日

ミシュラン三つ星への道:Ta Vie佐藤秀明氏

波乱万丈な8年間を経て、Ta Vieはミシュランガイド香港・マカオ2023で三つ星に輝いた。その軌跡を辿る。

佐藤秀明氏がオーナーを務める“Ta Vie”には2つの意味がある。フランス語の「あなたの人生」、日本語の「旅」。料理を通して、自身の人生の変遷を表現し、魅惑的な旅にお客様を誘いたいとの願いを込めた。

店をオープンして8年。佐藤氏にとって、三つ星は一つの到達点であるという。

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ミシュランガイド香港・マカオ2023の発表セレモニーで登壇する佐藤夫妻(佐藤シェフは左から6番目)© Michelin
ミシュランガイド香港・マカオ2023の発表セレモニーで登壇する佐藤夫妻(佐藤シェフは左から6番目)© Michelin

今にして思えば、これまでの道のりはワイン造りに似ている。「葡萄の木を植え、収穫、発酵、熟成という長い期間を経て、ようやく美しいワインを味わえる。今が、私の料理の旅における収穫の時です」。

人生で最大の転機は、フランス料理から日本料理への転向。東京三つ星「龍吟」山本征治氏に師事した。© Hideaki Sato
人生で最大の転機は、フランス料理から日本料理への転向。東京三つ星「龍吟」山本征治氏に師事した。© Hideaki Sato

佐藤氏は長野県出身。長年フランス料理の世界で修業を積んだ。大きな転機が訪れたのは32歳の時。イカ墨料理に深い感銘を受け、日本料理への転向を決意。東京三つ星「龍吟」山本征治氏のもとで一から学び始める。「私のキャリアの中で最大の決断であり挑戦でした」と当時を振り返る。その後の料理スタイルとキャリアに大きな影響を与えた。

2012年、「龍吟」初の海外拠点であった「天空龍吟」の料理長として香港へ赴任。開店してわずか半年で、二つ星として掲載された。その後、2015年にTa Vieをオープン。初年度は一つ星、翌年に二つ星、そして2023年に三つ星へ輝く。チームの喜びもひとしおだった。

三つ星の知らせを受けた時の現実とは思えない気持ちと、電話が鳴り止まなかったことを思い出しながら、佐藤氏は微笑む。当時、電話口では皆があまりにも興奮しており、誰と最初に話したのかさえ覚えていないという。

香港中環エリアの石畳の通りに店を構える。© Ta Vie
香港中環エリアの石畳の通りに店を構える。© Ta Vie

紆余曲折を乗り越えて


開業して8年。佐藤氏の料理人として歩みは、ミシュランの星に彩られた輝かしい経歴だけでは想像もつかないだろう。一つ星で初掲載された2015年のクリスマスは、毎晩数組の予約。営業は振るわず不安な日々を過ごした。「経営を軌道にのせる為に、懸命に働くしかなかった」と当時を振り返る。佐藤氏は自分のできること、やるべきことに集中し、意志の強さで苦しい日々を耐え抜いた。その努力は実を結び、2016年末に二つ星となった。

2020年、パンデミックが襲い窮地に追い込まれる。ディナー営業も出来ず、客も少ない。人員も不足し、食材供給も不安定。しかし、収穫もあった。「その時間を使って、夜遅くまで厨房で試行錯誤し、メニュー作りに励みました。そのおかげで、新たなレベルへ到達し、次のステージへ進めたのかもしれません。物事が暗く見えても、必ず希望の兆しはありますから」。

広東料理を学ぶ佐藤氏。試作を重ねながらレシピやメモを書き留めて改良を加えていく。 © Mandy Li
広東料理を学ぶ佐藤氏。試作を重ねながらレシピやメモを書き留めて改良を加えていく。 © Mandy Li

パンデミックの最中、香港と広東料理への理解を深めようと北京ダック作りに励んだ。調理法を究めるため、中国で多くの著名なシェフに相談。100羽程を料理した。メニューに載ることはなかったが、料理に対する執念と科学レベルに完璧さを追求する、佐藤氏の情熱を物語るエピソードである。

8年にわたるクリエイティブな旅


佐藤氏の料理哲学は「ピュア、シンプル、季節感」。日本を含むアジア諸国の上質な食材の旬をとらえ、素材本来の繊細な風味を際立たす。フランス料理のテクニックを施すのも特長である。

関連記事: Why Japanese Chef Hideaki Sato Wants To Master Chinese Cuisine

「毛ガニ、スイートコーン、ケイジャンソース」© BeGood, Humble Boutique Hotel
「毛ガニ、スイートコーン、ケイジャンソース」© BeGood, Humble Boutique Hotel

大切にしているのは、素材の持ち味を生かすこと。例えば、北海道産毛ガニ、スイートコーン、ケイジャンソースの一皿。毎日、新鮮で甘味のあるカニの殻を剥き、その身をスイートコーンで包む。仕上げにスパイシーなケイジャンソースを施し、素材の濃厚な旨味を引き立てる。

「料理人は芸術家ではなく、どちらかというとデザイナーに近い。例えば、デザイン性の高い椅子は美しく快適であるべきで、料理でも同じことがいえます。料理における芸術性とは、味とプレゼンテーションを融合させ、相乗効果を図ることです」と話す。
インスピレーションは波のようなもので、ポスターや展覧会を見て突然ひらめくこともあれば、その逆もある。創作は実りのない孤独な作業であるが、その過程を通して、スタイルが生み出され育まれていくのだ。

従業員はわずか6人。小さな三つ星レストランの一つだろう。自家製パンから水出し紅茶まで、厨房の細部にまで心を配る。店が賑わえば、佐藤氏自身も袖をまくって皿洗いをする。

温かみのあるもてなしこそ、Ta Vieの魅力。料理のクオリティを保つため、佐藤氏が不在の時には店を閉める徹底ぶり。「日本のものづくりの精神、そして料理人という職業への敬意の表れです」との言葉から、佐藤氏の料理に対するゆるぎない熱意が伝わってきた。今後の活躍に注目したい。



※本記事は、The Road to Three MICHELIN Stars: Hideaki Sato of Ta Vieを基に、Michelin Guide Japanが再編集しました。


Header image is by BeGood, Humble Boutique Hotel.

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