「ミシュランガイド東京2024」にて、「てんぷら 近藤」の近藤文夫氏がメンターシェフアワードを受賞した。
メンターシェフアワードとは、自身の仕事やキャリアが手本となる料理人に授与される。後進の育成にも力を注ぎ、指導者として熱意をもって助言し、レストラン業界の発展に貢献する料理人・シェフを称える賞である。
近藤氏は半世紀以上調理場に立ち続け、現代の天ぷらを築いたパイオニアといえる。将来を担う若い世代のためにレシピを積極的に公開し、情報発信にも意欲的。市場や生産地に足繁く通うなど、料理人の模範となる姿勢が評価された。
「今でも80点の男だと思っていますが、受賞はとても有難い」と控えめながら感謝を述べる姿に、セレモニー会場から温かい拍手が送られた。座右の銘は「夢心」。夢を持って前進し、心を尽くして人を尊重することだという。まさに、その言葉を体現する近藤氏のキャリアを総括するような心温まる受賞の瞬間だった。
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メンターシェフアワードを受賞した率直な気持ちをお聞かせください。
「天ぷらを世界中に広めることが長年の夢でした。アワードを通じて、天ぷらに携わる若い料理人の励みになれば嬉しいです。セレモニーへ久しぶりに出席し、参加者の世代交代も感じます。料理人との交流も楽しかったです。お客様からも家族が受賞したように嬉しいとの言葉をいただきました」
後進の指導で意識していることは?
「お客様は店を後にした瞬間に本音が出ます。食事中においしいとおっしゃっても、お世辞かもしれない。だからこそ、常に全力を尽くす。天ぷらは揚げる前の仕込みがとても大切。忙しい時、手早く済まそうと雑な扱いになりやすい。その時はスタッフを注意します。どの場面でも冷静に、知恵を働かせ、お客様の喜びを第一に考えるようにと伝えています」天ぷら業界発展のために心掛けてきたことは?
「昔、天ぷらは揚げ物の一種としか思われていなく、技術は必要ないと言われていました。その固定概念を変えたくて、試行錯誤を重ねてきました。衣を薄くして天種の香りを引き立てたり、アスパラガスのような西洋野菜を取り入れ、海外の方にも裾野を広げたり。レシピを公開するのは、次世代の育成に加えて天ぷらの魅力を広めたいから。今では料理ジャンルの一つとして確立されました。おいしい料理は国境を越えます。海外からのお客様も多くいらっしゃるのは嬉しい限りですね」
生産地や市場に足繁く通っていらっしゃいます。その理由は?
「私は料理評論家に認められるように天ぷらを揚げているわけではありません。お客様、そして若い世代のために“本物”を伝えたい。料理人は良い食材に触れ、見極める力が必要。1+1=2の世界ではないので、現地に足を運び、感覚を磨き、経験を積むことが重要です。生産者とは儲けを気にせず対等に接することで、お互いの意識も高まります。この信頼関係がてんぷら近藤の強みです」池波正太郎との心に残るエピソードを教えていただけますか?
「あるお客様が『あなたは独特な天ぷらの揚げ方をする。将来、名が有る人になるよ』と言ってくださいました。山の上ホテルで料理長に就任した直後でしたから不思議に思っていたのです。後の取材で池波さんを紹介された時、あの時の方だと初めて気づいて本当に驚きましたね。当時、野菜を中心とした薄衣の天ぷらは主流ではなかったのですが、私の新しいアイデアを受け入れてくださいました」
最後に、今後の抱負をお願いします。
「多くの方々に天ぷらを好きになってほしい。その想いは昔から変わりません。戴いた評価に見合う仕事をする責任があります。自分の未熟さに向き合うため、揚げ場に立ち続けているのかもしれません。挑戦する柔軟性を持ちながら伝統を守っていきたい。いわば未来への橋渡し役ですね。若い世代に土壌を作っている途中です。幸いにも、体はまだ動きます。限界を感じるまで、感謝の気持ちを忘れずに現役を続けたい。天ぷら職人としての幕引きは、まだ先ですね」
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