白金の住宅街の一角、「山」とだけ書かれた木の扉を開くと、6席のカウンターと4席の個室のみ。それが店主の勝俣孝一氏がアシエット・デセール(皿盛りデザート)の美食体験を提供する場所だ。カウンターの後ろに並ぶ、形もさまざまなアンティークグラスが、味覚の研究室のような雰囲気を与えていることだろう。
「ミシュランガイドが評価するのは食体験。ならば、アシエット・デセールのコースも例外ではないはず」と考え、2019年の開業当初から掲げた「いつかミシュランの星を」という夢を叶えた勝俣氏。提供内容は「おまかせ」コース1本で、季節の果物をふんだんに8品で構成される。コース中盤に塩味の一皿を提供するものの、デザートだけでどうやって星に値する「食体験」を生み出すことができたのだろう。
「ひたむきに、一点を目指す」
その背景には、一つの物事を徹底的に追求する考え方がある。1985年、勝俣氏は織物で知られる山梨県富士吉田市で、四代続くネクタイ職人の長男として生まれた。家族で出かける中華料理店で華麗に火を操る店主に憧れて、中華の料理人を目指していたが、中華料理専門の料理学校がなく「やるなら一つだけに集中して極めたい」と製菓の道へ進んだ。
ミニマルながら凛としたデザートには、確かな技術と、毎日変わる食材の状態への理解が反映されている。専門学校卒業後、製菓のオリンピックとも呼ばれるフランスの「クープ・デュ・モンド・ドゥラ・パティスリー」大会での優勝者を輩出する、名古屋マリオットアソシアホテルで学び、21歳で飴細工の全国大会で金賞。そしてパリの一つ星店「Sola」ではヘッドペストリーシェフを務め、自らマルシェ(市場)に赴き手に入れた果物で毎日のように違う仕立てのデザートを作ってきた。高い技術と深い自然の理解が、今のスタイルを形作っている。
「お菓子なレストラン」と銘打った店は、他にはないユニークさが売りだ。勝俣氏が一貫して学んできたのはフランス菓子の世界。でも、その常識に縛られることはない。フランス的な視点からは、日本のフルーツは「糖度が高いだけ」だと批判されることもある。しかし、勝俣氏は「本当にそうでしょうか?」と疑問を投げかける。
「ルセット」からの脱却
勝俣氏は、レストランのデザートだけではなく、ケーキ店での修業経験もある。両方を経験したからこそ分かることだが、レストランパティシエとケーキ店では、根本的にものの見方が異なるという。
例えば食材の場合、たくさんのケーキを作るケーキ店では、多くの場合、糖度や酸味の量が調整され、安定した市販のピュレを使う。また、フランスで修業した人が多く、レシピの基本となっているのは、フランスを中心とした食材の捉え方だ。「例えば、南国フルーツのパイナップルであるならば、完熟しない段階で収穫されてフランスに届くので、フランスでは、香りを補うために洋酒を使う。でも、日本ならば、国内に石垣島などの産地があり、充分、熟したあと収穫され、フレッシュな瑞々しさも芳醇な香りも保たれている」。だからこそ、日本の果物にあった調理法を考えるべきだと考える。その時の果物に合わせて味見をしながら作るので、ルセットはない。さらに、そんな「切っただけでもおいしい」日本の果物の特性を、最大限に伸ばすのはどうすればいいかを追求している。
「鮨の魚のように、果物を捉える」
そのために大切にするのが、温度管理だ。直接農場を訪問するなどして親しくなった農家や、週2回ほど訪れる豊洲の青果問屋から学んだ。果物に急激な温度変化のショックを与えずに、木になっていた時と同じ温度帯で輸送し、洋梨のように追熟が必要な果物は、江戸前鮨の魚を寝かせるイメージで、4つの温度帯に分けたエイジングルームで温度管理を行い、季節の果物を適切な状態に熟成。香りや味わい、食感がベストだと思うタイミングで提供する。「自分が果物だったら、どうだろうと考えます。いきなり温度の違う所に連れて行かれるのではなく、温泉にずっと入っているような状態の方が、ストレスは少ないですよね」。
そんな言葉が示すように、勝俣氏は食材の個性を人柄に例える。穏やかな味わいの栗なら、「引っ込み思案だから、強い味わいを加えずに、その個性を優しく引き出す」し、柑橘ならば生き生きとした酸味を生かす。さらに、ひとつひとつ違う個体ごとの特性を観察し、声なき「果物の声」に耳を傾ける。それが、デザート作りの根幹にある。
既成概念にとらわれない「新しい果物の楽しみ方」
塩気のある1品を挟むコース8品構成。デザートを飽きさせないポイントは、すべてを約100分で提供するというテンポの良さだけではない。
コースの真ん中の5品目には、キッシュなど、必ず塩気のある料理を入れる。さらに、どの品も、食材をまっさらな視点から見た、新たな味の組み合わせが特徴だ。例えば日本料理でお馴染みの山椒を、ハーブの一種として捉え、タラの芽や菜の花などと共にキッシュにするなど、香りや味を重ね、ハッとする組み合わせを追求していく。
また、温度感や食感のコントラストをつける。国産マンゴーの香りととろりとした食感を楽しんでもらうために、春巻きの皮に包んで揚げ、香ばしい食感と熱々の温度感でいただく。そんな既成概念にとらわれない温度感や食感も、驚きをもたらすポイント。そして、それぞれの食材の「キャラクター」から着想したドリンクペアリングで、緩急あるコースを生み出してゆく。
日本一の山のように
開業から自らのスタイルを確立してきた「山」。しかしここに至るまでには、迷いもあった。「山」をオープンした直後に、コロナ禍となり、ビストロでパティシエをやりながら学んだ料理を提供してみたり、コンクールのために学んだ技術を活かした技巧的な見た目のものを提供したりと、方向性を模索した時もあった。しかし、今、勝俣氏の視界に映る景色はとても晴れやかだ。「日本のフルーツの味わいを、世界に発信していきたい」。方向性を模索しながら腕に磨きをかけてきた。今、勝俣氏の視界に映る景色はとても晴れやかだ。
故郷、山梨富士吉田から見える日本一の山のように、高く、より高く。「ドイツ・ベルリンのCODAは二つ星ですからね」と微笑む。勝俣孝一氏の頂への道のりは、まだ始まったばかり。
ⒸTop Image: Yama
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