サービスアワードとは訪れる人を心地良くすることができる、おもてなしに優れたスタッフに授与される賞。プロフェッショナルかつ魅力的であり、レストランでの体験が特別なものになるような接客をする人に授与される。サービスに対する心からの情熱を称える賞である。
「ミシュランガイド東京2025」では、一つ星に輝いた「スィークル/CYCLE by Mauro Colagreco」にて総支配人を務める、安井理恵さんが受賞。
「セレモニー会場で名前を呼ばれた時、真っ先にチームのみんなの顔が浮かんだと共に、27年の間、ホスピタリティ業界でお世話になった方々への感謝がこみ上げてきました。
マウロシェフは、きっと、『Has hecho muy bien!(よくやった!)』と声をかけてくれると思います。
今までやってきたことに加え、もっとできることを模索する。チーム スィークルで、更なる上を目指します」。
と喜びの様子を語ってくれた。
安井さんの人柄やサービスへの想いに迫りたい。
アメリカの大学在学中に訪れたスペインバルセロナに魅力を感じ、現地ホテルでキャリアをスタートさせた安井さん。
その後、惜しまれつつも閉店した、カタルーニャの三つ星「サンパウ」カルメシェフの下で長きにわたり支配人として従事。
2023年、循環型ガストロノミー「スィークル」の開業をきっかけに帰国した。
日本語、スペイン語、フランス語、英語、そしてカタルーニャ語という5つの言語を操り、毎日の出会いに心躍らせながら、今日もゲストを迎える。
都会にいながらも自然の循環や季節を感じられる「スィークル」は皇居のそばにある。店を訪れると、スタッフがハーブガーデンの手入れをしていた。
エントランスには南仏を象徴するオリーブの木がシンメトリーに立つ。
ダイニングは、高い天井、大きな窓、そして存在感ある流木のオブジェに目を向けていると、「東京の真ん中にいるはずが、どこにいるのか一瞬分からなくなる方もいらっしゃいます」と、安井さんが言葉を添える。
観察力が心の鍵を開く
「大切なことは、観察力」。安井さんはまっすぐ前を見つめそう言った。
電話でご予約いただく時や、お出迎えする時など、最初のコミュニケーションは特に気を配るという。
どうしたらお客様の心の鍵を開くことができるか観察し、すぐ行動に移すことで、お客様に合ったもてなしで接することができる。
「サービスはカメレオンのように変幻自在でなくては」。と、ほほ笑む。
調理技術や、ぶどう畑の話に興味がある人もいれば、たわいもない会話を楽しみに来ている方もいる。そのため同じ料理を提供していても、テーブルによって話す内容は異なるという。
また、安井さんにとって、5つの言語はコミュニケーションのツール。しかし、外国人だからといって、英語やスペイン語を一辺倒に話すことはしない。
例えば、外国人でも日本の雰囲気を楽しみたい方や、日本語を勉強されている方には、時より日本語を交えて説明をする。もしかしたら100%理解をしていないかもしれない。それでも彼らにとっては嬉しい体験となるのだ。
「私たちの仕事は、目に見えない商品を売る仕事。幸せを売る仕事だなんて、素敵な職業だと思いませんか?」と、笑顔で話す姿が印象に残る。
レストランの価値は、料理50%、サービス50%
「今もなお飲食業界は、料理人にスポットライトが当たり、サービスやソムリエはなかなか注目されません。しかしお客様は料理だけではなく、サービスとの関わりが必ずあります。料理を気に入っても、食事中の居心地が悪ければ、再び訪れないでしょう。もちろん反対も然りです。
一番うれしい瞬間は、お客様が、帰り際に『楽しかった』とおっしゃってくれる時。
『料理がおいしかった』『あなたのサービスは良かった』ではなく、『楽しかった』という言葉は、料理とサービスの相乗効果が得られたあかし。チームにとって最高のほめ言葉です」。
スィークルのヘッドシェフであり、ミシュランガイドフランスにおいて三つ星として掲載されているレストラン「ミラズール/Mirazur」を指揮するマウロ・コラグレコも、レストランにおいてサービスは重要な要素と認識する。
昔々、マウロシェフのおじいさんが子供だった頃。レストランは一生に20回程しか行けない、特別な場だった。そのため人々は家庭で食卓を囲みながら、季節や食材について学び、愛を育んだ。
しかし昨今は、核家族化が進み、孤食も増え、そのような学びの場が減ってきている。
現代のレストランは、昔家庭で当たり前だった食卓を囲んでの愛、学び、感謝、そして自分がその地域で育っていくような感覚を提供する場でありたいと、マウロは考える。
そう考えた時、サービスの果たす役割は大きい。同じゴールを目指し、日々チームをリードする安井さんに信頼を寄せているのがうかがえる。
シナリオのない舞台。ワクワクしませんか?
レストランはシナリオのないステージである。ドアが開いてお客様が来店したら、キャストがそろった合図。
国籍もバックグラウンドも、来店用途も異なるお客様と共に、即興で「スィークル」での体験を作り上げるような感覚。
そのため、サービスのマニュアルはない。
「自分の言葉で、自分の表現方法でコミュニケーションをとるよう日頃から話しています。みんな同じでなくていい。私は一歩引いて見守り、必要に応じてサポートします」。
日本における接客は未だにマニュアル中心。教科書に書いてあることも大事だが、想定外のことが起こった時の対応が難しくなる。
安井さんは願う。「自分で考えて行動できるサービスになってほしい。サービスという仕事は、本来、個性を出して良い職業なのです」。
安井さんはインタビュー中、“接客”という言葉を使わなかった。それは客と接するという感覚ではなく、ひとり一人の心に耳を傾ける彼女のスタイルが所以だろう。
客、給仕人という立場を超えて、人々の心の鍵を開け、幸せで満たす。そして現代のレストランとしての役目も果たす彼女の姿は、これからのサービスパーソンにとっての道しるべになるだろう。