“日頃から心動かされるアートや美しいものに触れるよう心がけています。対峙するというよりも、日常の一部として。それが僕の血となり肉となり、時間が経った時に、料理というクリエイションに染み出てくるのです”
リオネル・ベカにとっての東京
「東京はパリやニューヨークのようにアクティブでダイナミックな大都市。それと同時に、東京にはゆっくりと呼吸させてくれるような場所が多く存在します。
大通りから少し入った路地だったり、たまたま通りかかった小さなギャラリーだったり。心を潤してくれる瞬間がある。僕にとって東京はそんな街です」。
1. 櫻井培茶研究所
「この店のおかげで、日本茶に開眼したといっても過言ではありません。最適な水の選択、温度調整、器選び、話し方や淹れる所作などすべてが相まり、一服のお茶が創り出されるのです。それは惚れ惚れする程に美しく、瞬きするのも惜しいくらい。一挙一動を見逃がさないでください。海外からの友人を連れて行くといつも喜んでくれます。階下のスパイラルマーケットでおみやげを探したあとに訪れるのが定番コース」。青山スパイラルビル5Fに居を構える日本茶専門店。好みの日本茶だけでもよいが、日本茶数種と和菓子で構成されるコースをぜひ試したい。夜は、「茶と酒を同等の価値観に」をコンセプトに、オリジナルのカクテルを楽しめる。季節限定の一杯を求め、シーズンごとに足を運ぶのもよい。
港区南青山 5-6-23 スパイラルビル 5F
2. 神保町
「私は本が好きです。この街では、何十年も前に刷られた古い本が大切に扱われている。ここに並ぶ本を手に取れば、発行当時の著者の考えだけではなく、当時の編集方法、製本技術、インクの使い方や紙の質に至るまで、ありとあらゆる側面から、当時の様子を感じることができます。
デジタルや情報溢れる現代社会と真逆の位置にある魅力や、店主たちの心意気を感じる神保町。一体誰が読むのだろうと思うほど、色褪せた本の並ぶ棚を食い入るように見ているお客さんを目にすると、世の中まだ捨てたものじゃないと思うのです」。
デジタルの波に押され、書籍は影をひそめる。そのような言葉は神保町には似合わない。背の高いビルに囲まれながらも孤軍奮闘。通りを歩くだけで、何十年もここを住処とする古本たちの気配を感じる。書籍のほかにレコードやビデオを置く店も。一人でふらっと訪れ、心行くまで居続けたい。
千代田区神田神保町
3. コム・ン トウキョウ
「この店を紹介する理由?シンプルに東京で一番好きなベーカリーだから。家で家族と食べるために買いに行きます。何を食べてもおいしいので、残っているものから選びますね。デニッシュ類も好き。パンオショコラは息子の定番の朝食。カンパーニュは薄く切ってバターとたっぷりのジャムをつけて」。
東急電鉄大井町線九品仏駅を出てすぐ。世田谷のローカルな地域にあるベーカリー。スタイリッシュな店内から厨房が見渡せ、職人たちがパンをこねる様子に期待が高まる。
ショーケースにはバゲットやノアレザンなどフランスの定番から、クリームパンやメロンパンなど日本で馴染みのパンまで多様な顔ぶれ。スタッフにおすすめを聞き、新しいお気に入りを探すのも楽しい。
世田谷区奥沢 7-18-5
4. タケノとおはぎ
「私の経験値では、フランス人はあまり和菓子が得意ではないのですが、ここのおはぎは特別。手土産に持っていくと必ず喜ばれる和菓子です。美しいだけではなく、味も素晴らしい。まさに日本の職人技と言えます」。
寿命たった一日の儚い芸術。サザエさんゆかりの桜新町駅から少し歩くとタケノとおはぎ 世田谷本店が姿を見せる。定番のつぶあん、こしあん以外に、季節限定おはぎが五種。例えば、桜新町にちなんだ「桜の街」は、八重桜塩漬け、珈琲、ラズベリーピューレ。あんこと出会うことのなかった食材たちが曲げわっぱの中で共演する。事前にオンライン予約も可能。
世田谷区用賀 3-5-6
5. 青山ファーマーズマーケット
「東京に住む人々の購買行動を変える。そのようなチャレンジを一早く始めたマルシェではないでしょうか。東京ではスーパーマーケットに陳列された、個包装で同じ規格の野菜や果物が一般的です。ここでは、パリのマルシェと同じように、生産者と直接話すことができ、農作物がどのようにして作られたか知ることができます。エスキスでは現在40人以上の生産者から食材を仕入れていますが、そのうち半分は、このマルシェで出会った方々です。形は不揃いかもしれませんが、一度食べてみれば分かります。味の違いに驚きますよ」。
週末になると、青山通りに面した国連大学前の広場が、色とりどりのテントやタープで埋め尽くされる。常連客のみならず、たまたま通りかかった人も思わず立ち寄ってしまうのもこの立地ゆえ。農作物はもちろんのこと、コーヒー豆やジャム、味噌などの加工品も並び、まるで宝探しのよう。時には蜂蜜やワインなどのイベントも催される。一期一会の出会いを求め、エコバック片手に訪れたい。
渋谷区神宮前 5-53-70
6. 21_21 Design Sight
「ここのキュレーターの視点には、目を見張るものがあります。デザインという言葉の範囲はとても広いです。時には奇妙なものやファンタジーなものもある。私はそういった自由さこそ、芸術の神髄だと思っています。展示の仕方や空間も独創的で、行くと必ず驚きや発見があります」。
東京ミッドタウン六本木、檜町公園に隣接する「デザイン」の未来を創る拠点。三宅一生が創設者となり、様々な分野で活躍するデザイナーやアーティストが賛同し、誕生した。「日常」をテーマにした親しみやすくも、新鮮な企画展示の数々を楽しめる。
港区赤坂 9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン内
リオネル・ベカ -Lionel Beccat
料理人は、心を躍らせる瞬間、情熱が駆り立てられるような経験が必要不可欠。ただ、心震わせた作品や体験をそのまま料理に映すことはしない。感動や驚きという刺激が、自身に染み渡る時間を大切にしている。
ミシュランガイド東京2024に二つ星として掲載されているフレンチレストラン「エスキス」のエグゼクティブシェフ。コルシカ島に生まれマルセイユで育ち、母国でフランス料理の研鑽を重ね2006年来日。日本の食材や風土に魅せられ、銀座から感性豊かなフランス料理を発信する。
Top Image: Ⓒ ESqUISSE