Travel 2 分 2024年7月4日

1 ミシュランキー「べにや無何有」―何もない豊かさに身を置く

おもてなしの最高峰とも言われる日本の旅館。1ミシュランキーとして紹介された「 べにや無何有」を知れば、その理由が分かります。


私は今まで苔マップというものを見たことがありませんでした。女将が見せてくれたそれは、まさに文字通り。べにや無何有の庭の植物を示したイラストガイドです。20年にわたり四季折々の苔を観察してきた集大成。植物への愛を感じるかわいらしい冊子は、各部屋に用意されています。

旅館の楽しみと言えば、夕食で供される会席料理、足をのばして浸かる温泉、そしてゆったりとしたくつろぎの時間でしょう。旅館での滞在を満喫したい人は、日暮れよりもずっと早い時間に到着します。べにや無何有であれば、夜明けと同時に到着したいと思うほどです。玄関の広い空間にただ身を置くために。土間に映る庭木の影を眺めるためだけに。
この影は意図して設計されました。木漏れ日、つまり葉の隙間から太陽が差し込む光と影の戯れを眺めるために、慎重に施された仕掛けなのです。

30年前、中道一成氏が3代目当主となりました。わずか16室の宿泊施設は、中道夫妻とただ挨拶を交わすだけでなく、夫妻が淹れるお茶を飲みながら語らうことができるくらい、こぢんまりとした空間。日本の古の習慣や仕来りを説明しながら、工芸品である滑らかななつめの器から抹茶をひとさじ。そして、夫妻はこう言います。「お茶は単に飲むものではありません。日本の文化や美的感覚を味わうものなのです」。

これこそがべにや無何有が大切にしている考え方。ロビーの床は、地元の珪藻土で作られた独特なつくりで、中道夫妻が継承し、最初に手掛けた場所です。30年前の典型的な高級ホテルと言えば、床は分厚いカーペットで覆われているのが主流。しかし夫妻が選んだのは、地元のオーガニック素材でした。そして、日本人アーティストや名工を呼び寄せ、他の箇所も丁寧に心を込めて仕上げていきました。

伝統的な要素とモダンさが兼ね備えられているのも特徴と言えます。スパの外にある黒い円形のプールは、金沢市にある金沢21世紀美術館で展示されたことのある原研哉氏の作品。畳と布団を配する客室は、わずか4室のみ。他の部屋にはセミダブルベッドが2台ずつ置かれています。

そしてこの旅館は、すべての客室に天然温泉の露天風呂が付いています。客室に面した庭は、自然の森に近い野趣に富んだ庭。苔の他にも樹齢300年の松が自生し、その影が大きな窓から広々とした部屋に差し込みます。客室には障子と畳の他にはほとんど何もありません。

「何も無いこと」というコンセプトは、この施設の名前である「無何有」(何もない豊かさ、という意味)や、施設の中にある「ライブラリーゼロ」など、いたるところで表現されています。このライブラリーでは、現代美術家の宮島達男氏や、この施設の建築家でもある竹山聖氏の作品を展示しています。ここで感じる何とも形容しがたい感覚を、あるアメリカ人宿泊客は、中道夫妻にこう伝えました。「ここでの体験から、『自由にのびのびと生きる』感覚が得られた」。

お気づきかもしれませんが、記事ではこの施設に「ホテル」という言葉を使用していません。これは意図的なものであり、中道夫妻の信念にも通じます。
リラックスしてゆっくり休むための場所、息抜きとなる場所、旅行の間のオアシスとなる場所という意味で、旅館はホテルとは異なるのです。旅館は旅そのもの。あらゆる瞬間に浸ってほしいとの願いです。


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旅のヒント


どのような人がよく利用されますか?

会席料理、温泉、スパなど、旅館ならではの体験を求める方が利用されます。べにや無何有は東京から電車で3時間半、飛行機では約1時間のところにあります。京都・大阪からは特急で約2時間半のため、都会から束の間の休息として訪れる方が多いです。

宿泊に最適な時期はいつですか?

冬でもためらう必要はありません。雪に覆われた庭を眺めながら、温泉に浸かるという贅沢な時間を過ごせます。その他の季節も素晴らしく、特に春には一部の特別室(特に「若紫」)で、竹敷広縁から樹齢100年の桜を愛でることができます。

このエリアにはどのようなアクティビティがありますか?

べにや無何有は、小さな温泉街である山代温泉を見渡す丘の上にあります。1300年以上も前から温泉地としてにぎわっていました。地元の工芸家たちとのつながりを生かし、施設内や近くの工房でのさまざまな体験が手配可能。茶杓づくり、和菓子づくり、陶芸、漆芸、植物や花の観察、ハイキングなどがあります。

また、40分ほど離れたところにある金沢市は、コンテンポラリーアートと伝統工芸の宝庫です。有名な花街、武家屋敷跡界隈、有名な美術館(金沢21世紀美術館、鈴木大拙館、国立工芸館)があります。近江町市場を散歩して、地元のグルメを楽しむのもおすすめです。

一人、カップル、家族連れにおすすめの客室は?

7歳以下のお子様はべにや無何有への宿泊はご遠慮いただいております。全客室が庭に面しており、客室露天風呂付き。どの客室も定員2名のため、大人数の場合は複数室のご予約が必要です。

知らないと見逃してしまうデザイン上の特徴はありますか?

3つのライブラリーは、まさにこの高台の同じ場所で経典研究に励んでいた仏教僧へのオマージュ。メインライブラリーはアート、デザイン、地元の工芸に関する本を、フォレストライブラリーは地元の植物に関する本を集めています。ライブラリーゼロは、現代アーティスト宮島達男氏とべにや無何有設計者の建築家竹山聖氏の作品を展示しています。

どのような食事が提供されますか?

地元の食材を用いて、季節に応じた献立で皆様をお出迎えします。朝食は和食と洋食から選べ、夕食はおまかせの会席料理となります(食材に関するご要望にも対応可能です)。単品メニューはございませんが、寿司会席や、牡蠣、鴨、ずわい蟹など季節限定の料理などへのアップグレードも可能です。


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Top image: Beniya Mukayu — Yamashiro Onsen, Kaga, Japan

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