Hotel Sacher Wien

「Sacher Café」に群がる旅行者の波に怯んではいけません。ザッハトルテ（信じがたいほど罪深いチョコレートケーキ）はかつて、このホテルの名を轟かせた立役者でしたが、それを求めて多くの人々が押し寄せたがために、かえってやっかいな存在となってしまいました。しかしそれを除けば「ホテル・ザッハ（Hotel Sacher）」はチャーミングな、「これぞウィーン」としか言いようのない高級ホテルです。

ホテル・ザッハは1869年、オペラ劇場の跡地に建設されました。創業者は、かの有名なケーキの考案者とされる男の息子、エドゥアルド・ザッハ。ウィーンの多くの有名ホテルとは異なり、ザッハは、108室の客室と280名のスタッフで運営される、サービスも雰囲気も優れたホテル。空港への出迎えはおろか、売り切れたはずのコンサートのチケットの手配さえやってのける優秀なスタッフが、1部屋につき約3名いる計算になります。客室はまさに夢のよう。インテリアは部屋ごとに異なり、アールデコのバスルームには最新の設備が整っています。あらゆる場所に掛けられた、贋作でない本物の絵画は、ホテル全体で1,000点を超えます。

開業当時は有名人の集まるホテルでした。創業者の妻アンナは時代を先取りした女性で、口コミの重要さを知っていました。ホテルに宿泊した有名人のポートレートを集めたり、シルクのテーブルクロスにサインしてもらったりしたのです。そのテーブルクロスには、エリザベス女王やバレエ界の巨人ルドルフ・ヌレエフ、ビージーズのサインなどが残されています。「Anna Sacher Restaurant」の料理は今ひとつですが、最後のオーストリア・ハンガリー帝国皇帝となったカール1世が好んだという牛肉のポトフだけでも試してみるべきでしょう。

肝心のザッハトルテですが、専門家いわく「パサパサしすぎ」。しかもウィーンでザッハトルテが食べられるのは、もうここだけではないのです。あるとき、このザッハトルテを巡ってスキャンダルが勃発しました。ホテル近くの「Café Demel」が「うちがザッハトルテの元祖だ」と裁判を起こしたのです。9年間の法廷闘争（たかがチョコレートケーキに真剣になるのは世界中でウィーンっ子だけ）の後、「Café Demel」は「デメル・ザッハトルテ」という販売名称を獲得しました。法律的にはホテル・ザッハがザッハトルテの発祥の地とされていますが、味ではデメルに軍配が上がっています。ホテル・ザッハでは、いかにもウィーンという楽しい経験があなたを待っています。ただし、デザートはお隣へどうぞ。