太古の昔から人類のテーマであった長寿と健康。「100年健康に生きる」をテーマにした複合施設がオープンしたのは2024年のこと。先端医療のクリニックやスパなどが入るこのビルで、食から健康を追求するのが「百薬by徳山鮓(ひゃくやく バイ とくやまずし)」だ。「ミシュランガイド東京2026」で新規一つ星となった同店は、滋賀の発酵料理の名店「徳山鮓」の徳山浩明氏が監修を務める。日本のすしの原型でもある熟鮓(なれずし)が提供され、発酵の力を取り入れる。そしてもう一つの注目が、毎日ここの厨房に立つ若き料理長、佐藤均氏の、天然食材が持つパワーにこだわった料理だ。
建物の最上階、9階にある店は、数寄屋造りの第一人者、京都の中村外二氏にも師事した佐野文彦氏がデザインを手がけ、ミニマルでありながら、天然木と聚楽壁が柔らかく温かみのある空間を作り出す。料理を盛り付ける皿には、備前焼の人間国宝、伊勢崎淳氏の作品など、大地の息吹を感じさせる土ものが多く、日本の風土が遺憾無く表現されている。そんな日本の美意識を表現した場所で、佐藤氏は日々料理に向き合っている。
「まだ見ぬもの」への憧れが生み出した天然食材の探求
佐藤氏が生まれたのは、福島県の山あいの小さな町で、幼い頃から山が遊び場だった。冷蔵庫には常に父が採ってきた山菜や近所の猟師からもらったジビエが入っていた。共働きの両親を助けるため、子供の頃から身近にあった食材を使って料理をするようになったのが、料理の道を志した原点。そして、その行動の背景には、いつも飽くなき好奇心があった。
地元の高校を卒業後、まだ見ぬ都会での暮らしへの憧れと、高校時代の仲間と結成したロックバンドのドラマーとして、いつかデビューすることを夢見て18歳で東京へ。生活の基盤として就職した居酒屋が、子供の頃から大好きだった「食べること」への情熱を呼び覚ました。
「まだ見ぬ珍しい食材を見つけたい」との思いから、バンドの練習やライブが、いつしか野山での採集活動や、魚釣りなどに置き換わっていった。そこにあったのは「食べたことのないおいしいもの」への好奇心。故郷の山では見つけられなかった松茸を食べてみたい、そう思って松茸狩りをさせてくれる人を探すために100軒近く電話をかけて伝手を探し出し、山梨へ松茸狩りに。その場で火を起こして食べた松茸の味に感動し、持ち帰った松茸も働いていた居酒屋で料理し、提供した。「カジュアルな居酒屋で、こんなにおいしい松茸が出てくるなんて」驚くゲストの顔が、ただ嬉しかった。
しかし、時代の流れと共に、工場で加工されたものを簡単に盛り付けるだけになってゆく。今自分のやっている仕事は機械でもできる。「料理」がしたい、という思いが芽生え始める。
食べて育った「天然食材の味」の再発見が導いた日本料理への道
その頃、久しぶりに帰省した実家で、母がうどの胡麻和えを作ってくれた。近所の山で採れるうどは、子どもの頃から、季節には毎日のように食卓に並ぶ「当たり前のもの」だった。だが、故郷を離れていたからこそ、自然の中で生き抜いてきたその「命の力」を感じさせる味に気づき、涙が出るほど感動した。「天然食材には、人を動かす力がある。食材の命を感じることができる、こんな料理を作りたい」。
そうして25歳で門を叩いたのが、日本料理「いち太」(現在「御料理 太いち」として営業)。いち太では、食材の仕入れなども任され、最終的には料理長を務めた。取り寄せておいしいものがあれば、実際に休みの日に足を運んで生産者に会いに行く。自然のものだからこそ、どんな場所から生まれているかがわからなければ、その食材を理解することができない、という思いからだ。「これだ」と思った食材があれば、どんなに遠い場所でも産地へ赴く。足を使い、日本の「隠れた美味」を探す。当時から繋がっている生産者は、今も大切な宝物だ。
自然とつながり、命と向き合う食体験を生み出す
そんな天然食材の力を表現する店を作りたいと考えている時に、「百薬」の料理長の話が飛び込んでくる。料理を考える上で天然鴨の伝統猟「坂網猟」の猟師に言われた「鴨は食べる人を選べない。心から食べたいと思ってくれる人に届けたい」という言葉。300年以上続いている、野生の鴨と人との真剣勝負である坂網猟。そこには、生きるために、いただいてきた命への敬意があった。だからこそ、過度に何かを加えたくない。良質な食材には、塩だけでも十分だと考えている。食材と向き合い、自然の味を感じること。それは、人間が都会で忘れかけていた、人は自然の一部として生きていた、という当たり前のことを思い起こさせてくれる。
自然は人間がコントロールできるものではない。それでも、食材に対して妥協しないと心に決めている。生産者へ感謝の念はもちろん、時には品質や価格について率直に意見を交わす。正直に向き合うからこそ、より良い信頼関係が築け、料理にもつながっていくと考えている。
そして、ここから生み出したいのは、生産者と話す中で感じる自然とのつながりを伝えること。自然にあるものは、とり過ぎればなくなってしまう。希少になりつつある天然食材には、都会で生きる人の心に、「過ぎない良さ」に気づかせてくれる力があるはずだと考える。そして、このカウンターで提供される料理に込められた一つ一つの命と、きちんと向き合い、感謝していただく時間になれば。自然への思いを巡らせる時間そのものが、身体のみならず、心の健康にもつながり、自然と人が響き合う美しい循環を生み出すと信じている。
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Header image:1993年生まれの佐藤均氏。休みの日は食材探しと古美術店を巡り、アンティークの器の勉強に余念がない。(© Hyakuyaku by Tokuyamazushi)